赤城神社 (新宿区)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

赤城神社
赤城神社
所在地 東京都新宿区赤城元町1-10
主祭神 岩筒雄命、赤城姫命
社格 郷社、江戸大社
創建 室町時代、伝・正安2年(1300年
例祭 例大祭 9月19日
  

赤城神社(あかぎじんじゃ)は、東京都新宿区赤城元町にある神社明治維新までは赤城大明神赤城明神社と呼ばれた。

目次

[編集] 由緒

鎌倉時代正安2年(1300年)、上野国赤城山の麓から牛込に移住した豪族の大胡(おおご)氏により、牛込早稲田の田島村に創建されたと伝わる[1]寛正元年(1460年)、江戸城を築城した太田道灌により牛込台に移され、跡地には元赤城神社が創建された。弘治元年(1555年)、大胡宮内少輔により現在地に移される。江戸時代には徳川幕府によって江戸大社の一つとされ、牛込の鎮守として信仰を集めた。

祭神は岩筒雄命(いわつつおのみこと)、合殿として赤城姫命(あかぎひめのみこと)。岩筒雄命は火の神である迦具土神より生まれ、経津主神の親神にあたるという。赤城姫命は神社を創建した大胡氏の息女と伝わり、別当寺本地仏であった。

江戸名所図会では「赤城明神社」として紹介され、大胡重泰(おおごしげやす)[2]により創建されたこと、牛込の鎮守であり別当寺は天台宗東覚寺であることなどが記されている。

現在、老朽化した本殿などを解体し、マンション型の神社[3]へと変更する「赤城神社 再生プロジェクト」が進行中である。

[編集] 歴史

  • 正安2年(1300年):大胡彦太郎重治が上野国赤城神社から勧請し、牛込早稲田の田島村に創建。
  • 寛正元年(1460年):太田道灌により牛込台に遷座
  • 弘治元年(1555年):大胡宮内少輔により現在地に遷座。
  • 天和3年(1683年):江戸幕府により江戸大社に列する。
  • 天保13年(1842年)3月7日:火災により、社殿全焼。後に再建。
  • 明治元年(1868年):明治維新に際し、名を赤城神社と改める。
  • 明治6年(1873年):郷社に列する。
  • 明治9年(1876年):横寺町の北野神社(朝日天満宮)を、境内社として遷座。
  • 昭和20年(1945年)4月13日:太平洋戦争の戦災により、社殿全焼。
  • 昭和26年(1951年)10月:本殿を再建。
  • 昭和34年(1959年)5月:拝殿・幣殿を再建。
  • 昭和37年(1962年)10月:境内社の出世稲荷神社社殿を再建。
  • 平成17年(2005年)10月:戦災で焼失していた境内社の北野神社を、蛍雪天神として再興[4]
  • 平成22年(2010年)秋:「赤城神社 再生プロジェクト」完成予定。

[編集] 境内社

出世稲荷神社
祭神は宇迦御魂命保食命。牛込赤城元町の鎮守。
蛍雪天神
祭神は菅原大神。戦災で焼失した北野神社を、旺文社の寄付により再興したもの。蛍雪天神の名は『螢雪時代』に由来し、受験生の合格を祈願する。

[編集] アクセス

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 実際には、大胡氏の牛込移住は15世紀末(室町時代)であると推定されている。なお、大胡氏は後に牛込氏と改姓した。『江戸名所図会でたどる 新宿名所めぐり』28頁
  2. ^ 重泰の名は「牛込氏系図」にない。また、神社に伝わる創建者の名は大胡彦太郎重治である。
  3. ^ "神楽坂・赤城神社がマンション型の神社へ-建物内にギャラリーも". 市谷経済新聞 (2008-09-04). 2009-02-10 閲覧。
  4. ^ "神楽坂の赤城神社「合格祈願の新名所に」". YOMIURI ONLINE(読売新聞) (2005-12-30). 2009-02-10 閲覧。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

  • 新宿歴史博物館編集『江戸名所図会でたどる 新宿名所めぐり』(財)新宿区生涯学習財団 2000年

[編集] 外部リンク