蒋鼎文

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蒋鼎文
Jiang Dingwen.jpg
『最新支那要人伝』(1941年)
プロフィール
出生: 1896年12月30日
光緒22年11月26日)[1]
死去: 1974年民国63年)1月2日
台湾の旗 台湾
出身地: 清の旗 浙江省紹興府諸曁県
職業: 軍人
各種表記
繁体字 蔣鼎文
簡体字 蒋鼎文
拼音 Jiǎng Dǐngwén
和名表記: しょう ていぶん
発音転記: ジアン ディンウェン
ラテン字 Chiang Ting-wen
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蒋 鼎文(しょう ていぶん)は中華民国台湾)の軍人。国民革命軍の有力軍人で、中国共産党紅軍)討伐や日中戦争に参戦したが、日本軍の大陸打通作戦の前に大敗を喫している。銘三

事跡[編集]

黄埔軍官学校教官へ[編集]

15歳で涅浦鎮翊忠書院に入学したが、1912年民国元年)、軍人の道に転じるため、紹興大通陸軍学堂に転入する。年内に浙江講武学堂に進学した。卒業後は浙江軍に配属され、1915年(民国4年)、広東省に赴き、孫文(孫中山)を支持する元浙江督軍蒋尊簋の配下となる。

1921年(民国10年)5月、蒋鼎文は広州大元帥府参謀部副官に任ぜられた。翌年1月には、北伐軍滇黔軍第1路司令部上校参謀となる。1924年(民国13年)5月、黄埔軍官学校で中尉区隊長兼教官に任ぜられ、後に軍校教導団で第1営少校副営長となった。以後、東征(陳炯明討伐)などの指揮をとり、1925年(民国14年)、国民革命軍第2師第5団団長に昇進している。

国民革命軍での昇進[編集]

1926年(民国15年)7月より蒋鼎文は北伐に従軍し、総司令部直属傷兵団少将団長となる。翌年4月、蒋介石により南京国民政府が成立すると、蒋鼎文は南京警備団長に起用された。その後、浙東警備司令兼寧波市公安局局長に転じ、9月、第1軍第1師師長となっている。1928年(民国17年)1月、第1軍副軍長兼第1師師長に昇進し、さらに軍長代理となった。

北伐終了後、軍縮に伴い、蒋鼎文は同年10月に第9師師長となったが、翌1929年(民国18年)に第2軍軍長に再び昇進した。1930年(民国19年)の中原大戦に参戦し、蒋介石勝利後に蒋鼎文は洛陽に駐留し、隴海路西段警備司令を兼任している。1932年(民国21年)1月の第1次上海事変に際し、蒋鼎文は第19路軍を支援して日本軍と戦い、事変後に上海の守備を担当した。

同年冬、武漢に部隊を率いて移り、長江七省水警総局局長を兼任した。1933年(民国22年)からは中国共産党紅軍)討伐に従事し、五省剿匪軍北路前敵総指揮、東路剿匪総司令を歴任する。また、同年11月に発生した福建事変の鎮圧にも参加し、翌年11月、駐閩綏靖公署主任に任命される。1935年(民国24年)5月、二級上将位を授与され、12月には、中国国民党第5期中央執行委員に選出された。

西北統治と日中戦争での大敗[編集]

1936年(民国25年)、蒋鼎文は西北剿匪前敵総司令に任ぜられ、長征により延安に根拠を置いた共産党に備えることになる。同年12月の西安事件では、蒋介石と共に蒋鼎文も張学良らに一時拘禁された。日中戦争(抗日戦争)勃発後の1937年(民国26年)10月、蒋鼎文は第4集団軍総司令に任ぜられ、翌月、軍事委員会委員長西安行営主任を兼任した。翌年6月、陝西省政府主席兼保安司令にも任ぜられている。1939年(民国28年)2月、第10戦区司令長官となった。

1941年(民国30年)12月、蒋鼎文は第1戦区司令長官兼冀察戦区総司令に任命され、対日戦の前線指揮をとることになる。1943年(民国32年)6月には、第24集団軍総司令も兼任した。しかし翌1944年(民国33年)春、大陸打通作戦を開始した日本軍の迎撃に失敗、壊滅的損害を被ったため、7月に蒋は引責辞任に追い込まれている。その後、軍事参議院参議の閑職に回されたが、1945年(民国34年)5月には党第6期中央執行委員に再選された。

晩年[編集]

戦後、蒋鼎文はいったん軍事・政治の世界から退き、実業家としての活動を開始している。その後政界に復帰し、1947年(民国36年)5月に国民政府戦略顧問委員会委員に任ぜられ、1948年(民国37年)には行憲国民大会代表に選出された。国共内戦終盤の1949年(民国38年)3月、蒋は台湾に逃れている。以後、東南区点検整編委員会主任委員、光復大陸設計研究委員会中国語版委員、総統府国策顧問を歴任している。

1974年(民国63年)1月2日、台湾にて病没。享年79(満77歳)。

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  1. ^ 徐友春主編『民国人物大辞典 増訂版』2248頁による。劉国銘主編『中国国民党百年人物全書』2244頁は「1895年1月25日光緒20年臘月30日)」とする。

参考文献[編集]

 中華民国の旗 中華民国国民政府
先代:
孫蔚如
陝西省政府主席
1938年6月 - 1941年6月
次代:
熊斌