猪野剛太郎

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猪野 剛太郎(いの ごうたろう、1927年10月1日[1] - )は、日本俳優[2]声優演出家[2]東京府出身[1]東京俳優生活協同組合に所属していた。

人物[編集]

東京高工付属工科学校卒業[1]。身長159cm[3]。体重50kg[4]

1952年、舞台芸術学院2期[3]。同年11月に新協劇団入団[1]。後に劇団再編により東京芸術座の所属となる[1]。1960年に東京演劇ゼミナール(1963年に劇団東演となる[1])に移籍[1]。1962年の時点では鈴木事務所にも所属していた[5]。その後、劇団歴史座に所属[3]。1970年より東京俳優生活協同組合に所属[3]

特技は和泉流狂言

一部の作品では「野 剛太郎」と表記されている。

出演作品[編集]

テレビドラマ[編集]

NHK[編集]

日本テレビ[編集]

KR→TBS[編集]

フジテレビ[編集]

テレビ朝日[編集]

東京12チャンネル→テレビ東京[編集]

  • 大江戸捜査網 第3シリーズ
    • 第159話「ふたり隠密華麗に参上」(1976年)
    • 第206話「遊女流転! 女義賊の謎」(1977年)
    • 第263話「遺産に群がる狐と狸」(1978年)
    • 第288話「連続誘拐事件の謎」(1979年)
    • 第310話「豪雨に消えた謎の美女」(1979年)
    • 第349話「美女誘拐 蛍火の罠」(1980年)
    • 第501話「我子を返せ! 母二人の対決」(1983年)
  • UFO大戦争 戦え! レッドタイガー 第34話「鬼のすむ村」(1978年)
  • そば屋梅吉捕物帳 第4話「裏街道を翔ぶ男達」(1979年) - 佐田喜兵衛

テレビ番組[編集]

映画[編集]

舞台[編集]

  • 貝谷八百子バレエ團「シンデレラ」
    • (1951年) - 廷臣
    • (1953年) - 街の靴屋
  • 劇団東演
    • 第1回公演「できそこない」(1960年)
      • 1「感謝する人」 - ミーシャ・ポポーフ
      • 3「外交家」 - A・イワーヌイチ大佐
    • 第2回公演「どこかの国に似た話」(1961年)
      • 4「めでたい結末」 - 鉄道専務車掌ニコライ・ストイチキン
      • 6「披露宴」 - 無線技師イワン・ヤーチ
    • 第5回公演「ワ"ーニャ伯父さん」(1962年) - ワ"ーニャ伯父さん
  • キーン…或いは狂気と天才…(1999年、新国立劇場
  • カンガルー
  • どん底

吹き替え[編集]

※いずれも日本テレビ版

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 「新劇俳優名鑑」『新劇便覧』テアトロ、1965年、241頁。 
  2. ^ a b 「全文協の劇団創立の趣旨」『同盟』8月号、全日本労働総同盟、1971年8月、86頁。 
  3. ^ a b c d 東京俳優生活協同組合所属時のプロフィール(2003年10月12日アーカイブ分)
  4. ^ 東京俳優生活協同組合所属時のプロフィール(2000年12月17日アーカイブ分)では「53kg」と記載している。
  5. ^ 『タレント名鑑NO1』芸能春秋社、1962年、106頁。 
  6. ^ 「猪野豪太郎」名義

外部リンク[編集]