あかんたれ
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| あかんたれ | |
|---|---|
| ジャンル | テレビドラマ |
| 放送国 | |
| 制作局 | 東海テレビ放送、東宝 |
| 脚本 | 花登筐 |
| プロデューサー | 平松敏男 |
| 出演者 | 志垣太郎 沢本忠雄 土田早苗 岡崎友紀 小山明子 高田次郎 中村玉緒 中村嘉葎雄ほか |
| オープニング | 「あかんたれ」 鶴岡雅義と東京ロマンチカ |
| あかんたれ | |
| 放送時間 | 月曜日 - 金曜日13:30~14:00 |
| 放送期間 | 1976年10月11日~1977年7月29日 |
| 続・あかんたれ | |
| 放送時間 | 月曜日 - 金曜日13:30~14:00 |
| 放送期間 | 1978年2月27日~9月29日 |
| ドラマ |
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関連項目
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あかんたれは、1976年(昭和51年)から放送された東海テレビ制作の昼ドラマ。花登筐の作品である。
明治中期の大阪・船場の呉服問屋・成田屋を舞台に、主人・秀吉(ひできち)が残した「てかけ(妾)の子」・秀太郎(ひでたろう)こと秀松の奮闘を描く。 志垣太郎の出世作。
目次 |
[編集] 概要
放送は1976年10月11日から1977年7月29日の月曜から金曜、全210話[1]。ストーリーの途中で唐突に終了したが、約半年後に「続・あかんたれ」(以下、正編に対して続編とする)として再開、1978年2月27日から同年9月29日まで全155話が放送された。なお、続編で中村玉緒はオープニングクレジット上「特別出演」として表示された。 フジテレビ系(東海テレビ製作)の昼帯ドラマの歴代最高視聴率番組(平均11.1%)として記録されている。 なお、「あかんたれ」とは関西弁で「意気地無し」という意味である。
[編集] 登場人物および出演者
- 成田屋の先代主人・秀吉と許嫁・お絹との間に生まれた子。周囲から尊敬されるような父を持ちながら、わがままで意気地なしであった秀太郎の将来を憂慮したお絹の判断により、秀吉の死を機として「ご寮さんや兄弟たちから弟と呼んでもらえるまでは一切会わない」と約束させた上で、成田屋に丁稚として預けられる。本妻であるヒサや分家をはじめ、成田屋の人間から「てかけの子」と容赦ない苛めを受けるが、音松やお光、糸茂ら数少ない理解者たちに支えられ、屈することなく父親譲りの才覚と人格を併せ持った青年へと成長し、安造や分家の道楽の果てに凋落の一途を辿る成田屋を再興し、世間から「ステテコ大将」と呼ばれるまでになる。
- お絹(秀太郎の生母):中村玉緒
- 秀吉の許婚で、料亭「重の家」の中居をしていた。ヒサとの結婚を承諾せざるを得なくなった秀吉を「大阪一の商人(あきんど)になることが秀吉の目標だから」と自ら身を引く。その数年後に再会してからは、「てかけ」となることを嫌って秀吉からの金銭的援助を拒み続けていたが、秀太郎の出産で二人の関係が世間に知れ、秀吉とは秀太郎のみを会わせて自ら会うことはなかった。秀吉の死後、秀太郎を成田屋に預けて以降は里心をつけさせないために住居も変えるが、常に人知れず我が子を見守っていた。後に中居頭となり、芸者となった糸子を、反発されながらも客から守り続けた。
- おすみ(秀太郎の祖母):森明子
- 孫の秀太郎を「ひで坊」と可愛がっていた。そのため秀太郎が成田屋に預けられて以後は、常に秀太郎と暮らせる日を待ちわびていた。秀太郎がヒサから成田屋の子供と認められて間もなく、二人で善光寺参りに出かけるが、その直後に一夜の病で息を引き取る。
- 秀吉(秀太郎の父):中村嘉葎雄
- 成田屋の先代主人。臨終間際にあった先々代主人たっての願いである娘ヒサとの結婚を、主人を安心させたい一心で、幼馴染の許婚・お絹がありながら承諾する。事情を知った糸茂主人から「仮祝言だけを挙げて店を立て直したら、間に入って暖簾分けさせる」との助言を受け、叩き上げの中番頭から主人となり、袋物問屋を呉服問屋に転換して店を再興する。自身と同時に妊娠していることを知ったヒサがお絹の自宅に乗り込み、そこで二人とも出産したことが醜聞となって成田屋の信用は失墜する。秀吉は店を出ようとするが、奉公人たちに説得されて「店が立ち直るまで」との約束で店に残る。だが業績不振は続き、倒産寸前に追い込まれるが、糸茂の計らいで入荷が実現したモスリンを商機として店は立ち直る。7年後、信用回復を認められて出席を許された大問屋の寄り合いの席で秀吉が突然倒れると、ヒサは「病人を追い出しては店の恥」として秀吉を店に連れ戻すが病状は悪化。秀吉は「秀太郎を成田屋の籍に入れること、秀太郎が一人前の商人になったら店の財産を安造と半分半分にすること」との遺言を残して死亡。その夜から、お絹は秀太郎を丁稚として成田屋に預けることになる。
- ヒサ(本妻):小山明子
- 「おひさ」「ご寮さん」とも呼ばれている。父親である先々代主人の遺言により、番頭であった秀吉と渋々結婚する。長男の安造を溺愛し、いつかは主人となって成田屋を袋物問屋として建て直すと信じている。安造や治三郎らがトラブルを起こすたびに仏壇に向い、亡き両親に嘆くように呟いていた。富江と音松の婚礼の場で「長女は芸者上がり、次女は店を裏切った丁稚と結婚、長男は行方不明。成田屋は滅茶苦茶になったが、店を助けたばかりか、治三郎に金の有り難味まで教えた秀松こと成田秀太郎こそ、自分の子供ではないが、成田屋の子供」と語り、高作を主人とするために秀太郎に丁稚として預ける決意をする。その19年後に安造が帰ってきて、秀太郎とお絹が同居できる日が来たときには「わてにとっても息子やった」と語っていた。
- 幼少時からヒサに甘やかされて育つ。落第・浪人を繰り返した挙句に金を積んで入学した私立大学も予科1年で素行不良のため退学処分となる。治三郎の影響で放蕩の限りを尽くして実家に居場所を失い、愛子と神戸に駆け落ちするが自ら働くことは殆んどなかった。先生と仰ぐ詐欺師・木下の「君は大人物になれる」の言葉が心の支えだったが、その木下に騙されてひとり満州に向かった後に生まれた子供・高作は愛子とともに富江が成田屋に引き取り、後に秀太郎に育てられる。その高作が出征する当日、偶然に戻ってきた彼は高作から「秀おじさんはお父さんのために不幸になった」と責められる。謝らなければ自分の父親としては秀太郎しか映らないと言われた彼は、秀太郎に土下座して謝罪する。だが秀太郎は「兄の留守を弟が守るのは当たり前」と語り、ついに成田屋の家族全員から「成田屋の子供」として認められる。
- 糸茂主人が評するところ、「父親譲りの才覚と母親譲りの気位の高さ」を併せ持ち、そのため秀太郎に対して複雑な心情を抱いている。浪速女学校卒業後、薬問屋の子供と恋愛関係になるが安造の行状が原因で破談となり、自殺を図る。後に父親の遺言を果たすために一度は芸妓となって糸路を名乗るが、秀太郎の奔走によって実家に戻ることが決まったとき、秀太郎を涙ながらに弟と認める。続編最終回では直助と結婚していた。
- 向学心が強く、一度卒業した四ツ橋女学校に再入学した後に東京の日本橋商業大学に主席で合格(後に入学辞退)。学費を出させた糸茂からの交換条件として働くことになった糸茂商店東京支店で鉄川(音松)と再会。後に秀太郎が二人の結婚についてヒサの了解をとりつけ、それを機に彼を弟と認める。
- 分家 治三郎(「ご分家はん」):高田次郎
- ヒサの叔父であり、成田屋最大のトラブルメーカー。秀吉の死後、ヒサに代って主人同然の立場で成田屋に入り込むが、店の金を着服して放蕩することのみに執着し、経営を顧みることは全くなかった。また、あることないことヒサに注進するが、悉く策略は失敗する。後に、一度は加わって成田屋を乗っ取ろうとした一味の報復から逃れて身を隠すために、秀太郎に説得されて東京で彼の仕事を手伝うことになる。金の有り難味を知った彼は、人目を避けてヒサに富江への結婚祝の現金だけ預け、再び仕事の待つ東京へ戻って行った。
- お秋(治三郎の妻):月丘千秋
- 忠助(成田屋大番頭。本名・平野石平):三浦策郎
- 孝助(成田屋中番頭→同・大番頭):石井均
- 直助(成田屋小番頭・直七→同・中番頭):田中直行
- 豆七(成田屋手代・豆吉→同・小番頭):はなとまめ(現・坂本小吉)
- 捨吉(成田屋手代):椎名茂
- 鉄吉(捨吉の弟):諏訪威策
- 音松(秀太郎の先輩の丁稚。本名・鉄川音吉、但し続編では音田):倉岡伸太郎、幼少期:鹿股祐司
- 秀吉に可愛がられた恩義を感じて、店の者に知られずに秀太郎と会わせる段取りをしていた。秀吉が丁稚となってからも面倒を見ていたが、彼がお光とともに糸茂に通じていたことがヒサに知られて成田屋を追われる。後に糸茂商店東京支店長となって富江と再会、あるトラブルが契機となって、秀太郎を助けるために糸茂を解雇された名目で富江とともに大阪に戻る。その後、富江と結婚して3人の子供の父親となる。
- お松(成田屋の女中「お松どん」):国原美秋
- お竹(成田屋の女中「お竹どん」):千村克子
- お梅(成田屋の女中「お梅どん」):臼間香世
- 糸茂(同業の問屋主人):小沢栄太郎
- 船場の総大将で、秀松の後見人。商売に私情をはさむことを嫌う厳格な性格である反面、ヒサとお絹が同時に出産した醜聞で成田屋が倒産寸前となったときにはモスリンの仕入で秀吉を助けたり、ステテコの大量生産に必要なミシンの輸入卸に際して秀太郎に配慮するなど、常に成田屋を気づかう。
- お光(成田屋の女中):亀井光代
- 糸茂の妾子。同じ境遇にある秀太郎を守るため糸茂の密命を受け、秀吉の葬儀のときから成田屋に女中として入る。音松とともに成田屋を追われるが、成人した秀太郎と再会した時には小料理屋の女将となっていた。
- 作造(屋台のうどん屋):谷幹一
- 東京で事業家の子供として生まれるが、木下の詐欺で実家は全財産を失う。その後、職を転々とした後に大阪でうどんの屋台を営んでいた。倒産寸前の成田屋に糸茂の指示で客になりすまして買い付けに行った過去があり、その数年後に丁稚になりたての秀太郎と出会う。喧嘩っ早い一面もあるが、後に秀太郎と再会して成田屋へ入り、ステテコの発案に大きく貢献したり、芸者となった糸子を実家へ帰らせるために一役買うなど、秀太郎のよき協力者となる。
- 富江の女学校時代の同級生。安造に弄ばれ捨てられたために自ら小指を切断した妹(後に死亡)への責任を問題にするため成田屋に現れる。
- 清(糸子の恋人):大和田伸也
- 薬問屋・漢水堂の一人息子。糸子との結婚を考えていたが、安造の行状が原因で両親に反対される。
- 愛子(安造の妻):生田悦子
- 成田屋の財産を狙う木下の命令で女給として安造に近づく。秀太郎が主人として推挙されたことを機に成田屋を飛び出した安造と同棲。ひとり神戸で高作を出産するが、成田屋に引き取られて間もなく肺病を発症し、秀太郎に高作を託して命を落とす。
- 音松の東京時代の友人。ステテコの大量生産を巡って成田屋と対立、治三郎が画策して偽物のステテコを市場に流通させる。
- 綾(正治の妻):南美川陽子
- 正治が単身上京していた間に商才に頭角を現したために義父の信頼が厚くなり、正治から疎ましく思われ離縁を迫られる。ひたむきな秀太郎に密かに思いを寄せ、偽物のステテコを駆逐するために成田屋に協力する。
- 糸路を預かる芸者置屋の女将。
- 九助(「判九」主人):三浦策郎
- 神戸で判子屋を営む傍ら、店の二階を安造と愛子に間貸ししている。
[編集] 主題歌
- 「あかんたれ」鶴岡雅義と東京ロマンチカ(浜名ヒロシ)[2]
- 作詞:花登筐、作曲:鶴岡雅義
- 発売元:CBSソニー
- 一部資料には「正編では三條正人、続編では浜名がボーカル担当」とされているが、1974年に三條は脱退しており、レコーディングには参加していない。
- 本編主題歌は、番組開始時に制作された初期バージョンと、レコード発売に伴って再録音された中期バージョン、続編中盤に改めて録音し直した後期バージョンがあり、それぞれにつき通常版とイントロ短縮版の2タイプが用意された。
- レコード用バージョンは続編第19話・第60話などで挿入された。
[編集] スタッフ
[編集] 原作「土性っ骨」のドラマ化
- 「大当り三代記」(1961年12月) 松竹映画。 「土性っ骨」発表以前の花登筐の脚本による映画。明治・大正・昭和と続く老舗の商店「浪花饅頭」三代の物語で、藤山寛美、芦屋雁之助が演じる二代目の部分は「土性っ骨」と同種の物語である。
- 「土性っ骨」(1963年8月) 大阪・中座公演。 主演:大村崑、芦屋雁之助 花登筐が小説化以前に脚本を書いた舞台劇。小説「土性っ骨」の原作である。
- 「土性っ骨」(1966年9月~1966年12月 ) 関西テレビ 花登筐が「週刊実話」に連載し、その後単行本化された小説「土性っ骨」を梅林貴久生が脚色したテレビドラマ。花筐自身が「これは船場ではない」と脚色に怒り心頭。
- 「船場」(1967年4月~1968年3月 ) 関西テレビ 前年度製作のテレビドラマ「土性っ骨」を気に入らなかった花筐自身が「土性っ骨」を元に原作・脚色を担当した。本郷功次郎主演。
- 「土性っ骨」(1973年)舞台劇。 田村正和主演。
- 「あかんたれ」(1976年10月11日-1977年7月29日、1978年2月27日-1978年9月29日) 本テレビドラマシリーズ
- 「あかんたれ」舞台化。 テレビドラマの大ヒットにより、名古屋・名鉄ホールでの2ヶ月間のロングラン公演を皮切りに、全国の劇場で公演された。
[編集] 原作本(小説)
「あかんたれ 土性っ骨」(花登筐・著、文藝春秋・刊、1976年12月/文春文庫、1983年9月)
[編集] 脚注
- ^ 本放送中の1977年4月8日には、萩本欽一がフジテレビ系列の全番組に出演する企画『欽ちゃんのドーンと24時間』により、ストーリーと無関係に登場したが、再放送用素材では特段の説明は表示されていない。
- ^ 1976年にリリースされたシングル盤は、「ロマンチカ」名義となっている。
| 東海テレビ制作 昼ドラマ | ||
|---|---|---|
| 前番組 | あかんたれシリーズ | 次番組 |
| 渚より愛をこめて (1976.8.23 - 1976.10.8) |
あかんたれ (1976.10.11 - 1977.7.29) |
女のいくさ (1977.8.1 - 1977.10.14) |
| つくしんぼ (1977.12.19 - 1978.2.24) |
続・あかんたれ (1978.2.27 - 1978.9.29) |
不信のとき (1978.10.2 - 1978.11.17) |