温泉郡
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温泉郡(おんせんぐん)は、伊予国および愛媛県にあった郡。
消滅直前の2004年12月31日時点で、以下の1町を含んでいた。
- 中島町(なかじまちょう)
[編集] 歴史
かつては現在の松山市中心部にあった郡であった。古代には湯郡(ゆのこほり)と呼ばれていた。
湯郡・温泉郡という名前は、道後温泉にちなむものである。
- 1889年(明治22年)12月15日
- 1897年(明治30年)4月1日(2町42村)
- 1898年(明治31年)11月28日 - 北条村(ほうじょうむら)が町制施行し、北条町(ほうじょうちょう)となる。(3町41村)
- 1899年(明治32年)7月31日 - 御幸村(みゆきむら)の一部を道後村に編入。
- 1908年(明治41年)4月1日 - 素鵞村、雄郡村、朝美村、道後村の各一部を松山市に編入。
- 1914年(大正3年)10月1日 - 立岩村(たていわむら)の一部を浅海村(あさなみむら)に編入。
- 1923年(大正12年)4月1日 - 道後村を分割し、松山市(まつやまし)、道後湯之町に編入。(3町40村)
- 1925年(大正14年)5月10日 - 古三津村(ふるみつむら)を三津浜町(みつはまちょう)に編入。(3町39村)
- 1926年(大正15年)2月11日 - 素鵞村、雄郡村、朝美村、御幸村を松山市に編入。(3町35村)
- 1932年(昭和7年)2月1日 - 道後湯之町の一部(旧道後村区域)を松山市に編入。
- 1937年(昭和12年)6月1日 - 新浜村(しんはまむら)を三津浜町に編入。(3町34村)
- 1940年(昭和15年)8月1日 - 味生村、桑原村、和気村(わけむら)、堀江村(ほりえむら)、潮見村(しおみむら)、久枝村(ひさえだむら)、三津浜町を松山市に編入。(2町28村)
- 1944年(昭和19年)4月1日 - 垣生村、生石村、道後湯之町を松山市に編入。(1町26村)
- 1951年(昭和26年)4月1日 - 北条町、難波村(なんばむら)、正岡村(まさおかむら)が合併し、北条町となる。(1町24村)
- 1952年(昭和27年)8月1日 - 東中島村(ひがしなかじまむら)が町制施行し、中島町(なかじまちょう)となる。(2町23村)
- 1954年(昭和29年)2月1日 - 興居島村(ごごしまむら)を松山市に編入。(2町22村)
- 1954年(昭和29年)10月1日 - 余土村を松山市に編入。(2町21村)
- 1955年(昭和30年)3月31日 - 北条町、浅海村、立岩村、河野村(こうのむら)、粟井村(あわいむら)が合併し、北条町となる。(2町17村)
- 1955年(昭和30年)4月25日 - 川上村(かわかみむら)、三内村が合併し、川内村(かわうちむら)となる。(2町16村)
- 1955年(昭和30年)5月1日 - 伊台村(いだいむら)、久米村(くめむら)、五明村(ごみょうむら)、湯山村を松山市に編入。(2町12村)
- 1956年(昭和31年)9月1日 - 北吉井村(きたよしいむら)、南吉井村、拝志村が合併し、重信町(しげのぶちょう)となる。(3町9村)
- 1956年(昭和31年)9月1日 - 川内村、周桑郡中川村の一部(滑川、明河)が合併し、川内町(かわうちちょう)となる。(4町8村)
- 1956年(昭和31年)9月30日 - 荏原村、坂本村が合併し、久谷村(くたにむら)となる。(4町7村)
- 1958年(昭和33年)11月1日 - 北条町が市制施行し、北条市(ほうじょうし)が発足、郡より離脱。(3町7村)
- 1959年(昭和34年)3月31日 - 神和村(じんわむら)、中島町が合併し、中島町となる。(3町6村)
- 1959年(昭和34年)4月10日 - 浮穴村を松山市に編入。(3町5村)
- 1960年(昭和35年)3月31日 - 睦野村(むつのむら)を中島町に編入。(3町4村)
- 1961年(昭和36年)12月15日 - 小野村(おのむら)を松山市に編入。(3町3村)
- 1962年(昭和37年)4月1日 - 石井村(いしいむら)を松山市に編入。(3町2村)
- 1963年(昭和38年)3月31日 - 西中島村(にしなかじまむら)を中島町に編入。(3町1村)
- 1968年(昭和43年)10月25日 - 久谷村を松山市に編入。(3町)
- 2004年(平成16年)9月21日 - 重信町、川内町が合併し、東温市(とうおんし)が発足、郡より離脱。(1町)
- 2005年(平成17年)1月1日 - 中島町を北条市とともに松山市へ編入。同時に温泉郡消滅。
[編集] 関連項目
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