愛の南京錠

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Nソウルタワーにかけられた南京錠と、地上236.7メートル高さにある足場から鍵を放り投げることを禁止する注意書き

愛の南京錠(Love padlocks)とは恋人たちが永遠の愛の象徴として南京錠をフェンスや門扉、橋などの公共設備にかける儀式であり、その対象となる場所は世界中で増え続けている[1]。鍵をかけるためのモニュメントが特設された土地もあるが、景観を損ねるだけでなく安全性に問題が出る恐れもあることから、やはり世界各地で撤去作業が行われている。1990年代から2000年代の始めにかけてみられるようになった現象で、その起源については定かではないが、セルビアやイタリアなどでは発祥となった伝説や作品まで遡ることができる。

歴史[編集]

セルビアのヴラニスカ・バニャにある「愛の橋」ことモスト・リュバヴィ英語版

ヨーロッパではこの現象が2000年代初頭に始まった[2]。例えばパリでは恋人同士の名前をイニシャルで刻んだ南京錠を橋の欄干にかけ、セーヌ川に鍵を投げ捨てて不滅の愛の誓いとした[2]。愛の南京錠の起源については諸説あり、この儀式が行われる場所ごとに由来があるが根拠には乏しく、文献もないことがほとんどである。ローマミルヴィオ橋での愛の南京錠の大流行は、イタリアの作家フェデリコ・モッチャ英語版の2006年の小説 Ho voglia di te (君が欲しい)とその映画化作品のヒットによるものである[3][4](この小説は1992年の小説 Tre metri sopra il cielo (空より3メートル高い所)の続編にあたる第2作で、1作目は2004年にイタリアで映画化され、この2作目も2007年に映画化されている。また、スペインでも映画化されており、日本でも1作目は『空の上3メートル』、2作目は『その愛を走れ』の題でDVDが発売されている)。

同様にセルビアにある橋(この習慣にちなんで「愛の橋」と名づけられたモスト・リュバヴィ)についても、第二次世界大戦以前にまで遡ることができる。地元のヴラニスカ・バニャ出身のナーダという女教師は、セルビア人士官リルジャと恋におちた。互いに愛を誓い合った二人だが、リルジャはその後ギリシャへ行き、そこでコルフ島生まれの女性と恋をする。結果的にリルジャとナーダは破局し、ナーダはこの辛い経験から立ち直ることはないまま、しばらくして亡くなった。そして恋を成就させたいヴラニスカ・バニャの少女たちは、リルジャとナーダが逢い引きに使っていた橋の欄干に自分と恋人の名前を書いた南京錠をくくりつけるようになったといわれている[5][6]

台湾の豊原駅の鉄橋には対になった南京錠がいくつもかけられている。地元では「願いの鍵」として知られており、下を通る電車によって発生した磁場が鍵に蓄えられるエネルギーを産み出し、願いを叶えるという伝説が語られている[7]

フェンスにかけられた無数の南京錠(湘南平のテレビ塔)

日本では神奈川県湘南平公園のテレビ塔をめぐるフェンスがこの愛の南京錠をかける場所として知られている[8]。一説によるとこの習慣は1991年ごろに始まるとされるが、そもそもなぜ南京錠なのかを含めてはっきりとしたことはわかっていない。美観を損ねるという理由から公園側が撤去作業を続けたため、愛の南京錠が付けられる箇所が江ノ島に移ったといわれている[9]

議論[編集]

モスクワのヴォドオトヴォードヌイ運河にかかる橋には、専用の鉄製のツリーがいくつも設置されている

多くの国でその土地の自治体やランドマークの所有者が懸念を表明し、南京錠を撤去しようとさえしている。

  • パリでは市が2010年5月に芸術橋レオポール・セダール・サンゴール橋アルシュヴェシェ橋に増える一方の南京錠を問題視して次のようなコメントを出している。「これらは我々の建築遺産を保存する上で障害となっている」。この愛の南京錠は2010年に突如として姿を消したが、その後アルシュヴェシェ橋にはすぐにまた鍵がかけられるようになった[2]
  • ケルンにあるホーエンツォレルン橋を管理するドイツ鉄道は橋から南京錠を排除すると警告を出したことがある。しかし市民からの反対の声を受けて、ついにそれを撤回した[10]
  • カナダではバンクーバー島のユキュレットにあるワイルド・パシフィック・トレイル沿いにみることのできる愛の南京錠に異論が噴出している。明らかに自然と調和していないと考える向きがあるからである。トロントのハンバー・ブリッジでも美観や安全性の問題が懸念され南京錠が撤去されている[11]
  • イタリアフィレンツェでは5,500個もの愛の南京錠がヴェッキオ橋にくくりつけられており、やはり市によって撤去されている。市議によれば鍵は橋に傷、へこみをつくっただけでなく美的な面からも問題があった[12]
  • アイルランドダブリンではリフィー川にかかるハーペニー橋に南京錠がつけられており2012年初頭に市による撤去作業が進められている。南京錠は保護構造を傷つける可能性があったと市議は説明しており、市の広報も「つい数か月前に始まったようですが、我々はこういったことをしないようにお願いしていきます」と語っている。ハーペニー橋のそばにあるミレニアム橋からも南京錠は撤去されている。公共施設の景観を損ねるという批判があり、撤去しなければ問題が大きくなる恐れもあった。広報は、市の中心部の橋からも南京錠を排除すると宣言している[13]
神戸のビーナスブリッジでは手すりに南京錠が付けられることを防ぐため、専用のモニュメント「愛の鍵モニュメント」を設置した
  • 日本では愛知の野間埼灯台や神戸のビーナスブリッジが愛の南京錠の名所として知られているが、 景色にそぐわないという意見もあり、自治体が対応に追われるなど問題となっている[8]。ビーナスブリッジでは2000年頃から南京錠が手すりに付けられてきたが、景観や補修の妨げになることから撤去した。これらを鋳溶かしてハート型の記念プレートに作り替え、さらに付近に南京錠を取り付けるためのモニュメント(愛の鍵モニュメント)を設置した。このモニュメントは設置から13か月で1万個を超える南京錠が取り付けられて一杯になってしまったため、これらも追加のプレートに作り替えられている。プレートは4枚揃えば四つ葉のクローバー型になるよう設置されている[14][15]

脚注[編集]

  1. ^ Enulescu, Dana (2007年3月1日). “Rome mayor in 'love padlock' row”. BBC. http://news.bbc.co.uk/2/hi/6408635.stm 2011年8月19日閲覧。 
  2. ^ a b c Long, Louisa (2011年6月6日). “Love-locks return to the bridges of Paris”. The Independent. http://www.independent.co.uk/news/world/europe/lovelocks-return-to-the-bridges-of-paris-2293506.html 2011年8月19日閲覧。 
  3. ^ Ian Fischer (2007-08-06), “In Rome, a New Ritual on an Old Bridge”, New York Times, http://www.nytimes.com/2007/08/06/world/europe/06rome.html 2010年8月9日閲覧。 
  4. ^ Demetri, Justin (2008年). “The Bridge of Love in Rome”. Life in Italy .com. http://www.lifeinitaly.com/tourism/lazio/milvian-bridge.asp 2011年8月19日閲覧。 
  5. ^ Most ljubavi” (Serbian). Vrnjacka Banja. www.vrnjackabanja.biz. 2010年10月6日閲覧。
  6. ^ Ogrizović, Slobodan (22. April 2009). “Vrnjačka banja, najveće lečilište u Srbiji” (Serbian). B92. http://www.b92.net/putovanja/destinacije/evropa.php?yyyy=2009&mm=04&dd=22&nav_category=823&nav_id=356735 2010年10月6日閲覧。 
  7. ^ Chang Jui-chen (2009年). “‘Wish lock’ phenomenon attracts youth to Fengyuan”. Taipei Times. 2009年12月6日閲覧。
  8. ^ a b “南京錠、愛の重み 灯台の困惑、解くカギはどこ?(2/2)”. asahi.com (朝日新聞社). (2009年3月27日). オリジナル2009年3月29日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20090329080056/http://www.asahi.com/national/update/0327/NGY200903260017_01.html 2012年10月14日閲覧。 
  9. ^ 仙道洋平 (2008). ちょっと幸せ せいかつ編. 大空出版. ISBN 978-4903175157.  pp.24-25
  10. ^ Stolarz, Sarah (2009年9月2日). “Cologne Gets a Lock on Love”. Deutsche Welle. http://www.dw-world.de/dw/article/0,,4008316,00.html 2011年8月19日閲覧。 
  11. ^ Aboelsaud, Yasmin (2011年1月6日). “Accidental locks of love on Wild Pacific Trail”. Westerly News. http://www2.canada.com/westerly/news/story.html?id=dfbfc1bc-6501-4258-9854-ad2afe035e68 2011年8月19日閲覧。 
  12. ^ “Florence tries to stamp out locks of love”. Italy Mag. (2006年5月1日). http://www.italymag.co.uk/italy/tuscany/florence-tries-stamp-out-locks-love 2011年8月19日閲覧。 
  13. ^ “Where’s the love? Council removes ‘love padlocks’ from Dublin’s Ha’penny Bridge”. thejournal.ie. (2012年1月13日). http://www.thejournal.ie/wheres-the-love-council-removes-love-padlocks-from-dublins-hapenny-bridge-327300-Jan2012/ 2012年9月24日閲覧。 
  14. ^ ““4000の愛” 撤去の南京錠溶かし、ハート形プレートに=兵庫”. 読売新聞 大阪朝刊: p. 31. (2005年12月13日) 
  15. ^ “永遠の愛の誓い、プレートに凝縮 神戸のビーナスブリッジ /兵庫県”. 朝日新聞 大阪地方版/兵庫: p. 29. (2006年2月15日) 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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