小飼弾
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
小飼 弾(こがい だん、1969年8月17日 - )は、日本のオープンソース開発者。書評などを主な題材とするブログで知られ、アルファブロガーを自認する。元オン・ザ・エッヂ取締役。同時期の取締役、榎本大輔とは友人同士。ディーエイエヌ有限会社代表取締役。
目次 |
[編集] 概略
歌代和正開発のjcode.plを基にJcode.pmを開発したことで知られ、その後、プロジェクトEncode Module(Encode.pm)のメンテナンスとPerlバージョン5.8の開発に携わった。
ブログではプログラミングからテクノロジー、アニメやニコニコ動画といったオタクのサブカルチャーまで、ギークを指向する話題を中心に扱っている。また、ブログで度々行っている書評は、印税より書評投稿により得られる本のアフィリエイトの方が収益がよいと自ら言及するほどの人気を集めており、その影響力から、ブログ上で書評を書いてもらうことを目的として、出版社や著者などから数多くの本の贈呈を受けている。本を読むのが早い[1]。速度は「1時間に10冊」[2]。
江川達也と風貌が似ている[3]。自宅マンションが映画『バベル』に使用されている[4]。
[編集] 来歴
中学へ入学するが学校教育に疑問を感じ、登校拒否を起こす[7]。中学卒業後すぐに16歳で大検取得し、効力が発生する18歳まで家庭教師や塾講師として年上の生徒を教えていた[8]。カリフォルニア大学バークレー校に入学する。
大学4年の時に実家が全焼、学校を休学する[9]。大学で学んだコンピュータで生計を立て、29歳の時オン・ザ・エッヂの堀江貴文元社長にヘッドハンティングされる[9]。
[編集] 履歴
- 1991年12月 - 米国カリフォルニア大学バークレー校中退
- 1996年5月 - 個人資産管理会社、ディーエイエヌ有限会社設立、代表取締役に就任(現任)
- 1999年9月 - 株式会社オン・ザ・エッヂ(後のライブドア)取締役就任
- 1999年11月 - 株式会社フープス取締役就任(オン・ザ・エッヂ49%、サイバーエージェント51%の合弁会社。その後楽天に売却され、2002年10月1日インフォシークと合併)
- 2000年5月 - オン・ザ・エッヂの取締役最高技術責任者に就任。
- 2000年12月 - オン・ザ・エッヂが中国に設立した子会社、英極軟件開発有限公司副総経理就任
- 2001年2月 - オン・ザ・エッヂ取締役退任
- 2004年11月 - ブログ「404 Blog Not Found」開始
[編集] 著書
[編集] 単著
- 『達人に学ぶPerl/CGI道場』 インプレス 2003年2月28日 ISBN 4844317423
- 『小飼弾のアルファギークに逢ってきた』 技術評論社 2008年4月 ISBN 477413452X
[編集] 共著
- 『まるごとPerl! Vol.1 -- Web 2.0をプログラミングしよう』 インプレスジャパン・発行 インプレスコミュニケーションズ・発売 2006年9月 ISBN 4-8443-2289-3
- 『Web 2.0ツールのつかいかた -- まだ、Googleだけですか?』 技術評論社 2006年11月 ISBN 4-7741-2908-9
- 『まるごとJavaScript&Ajax! Vol.1』 インプレスジャパン 2007年2月 ISBN 4-8443-2364-4
- 『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?』 扶桑社 2007年6月 西村博之との対談を収録 ISBN 4-5940-5388-2
- 『弾言-成功する人生とバランスシートの使い方』アスペクト 2008年9月 ISBN 4-7572-1533-9
[編集] 脚注
- ^ dankogaiに書評をONEDARIしたら・・・!
- ^ ブロガー小飼弾氏インタビュー 2|住宅情報ナビ
- ^ すたぱってます
- ^ ブロガー小飼弾氏インタビュー|住宅情報ナビ
- ^ 叱ると怒るの違い - 書評 - おとなの叱り方 2008年01月19日
- ^ 結婚って何だろう - 書評 - 「婚活」時代 2008年03月08日
- ^ 紙一重 2008年05月10日
- ^ 大学行きたかったら高校行かなきゃいいのに 2006年10月27日
- ^ a b 小飼 弾 Errata, Addeda & FAQ 2005年05月17日

