全米桜祭り

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2010年の全米桜祭り中のジェファーソン記念館

全米桜祭り(英語: National Cherry Blossom Festival)はワシントンD.C.で毎年春に行われるお祭り。1912年3月27日に日本の東京市長であった尾崎行雄からワシントンにが贈られたことを記念して行われている。桜はアメリカ合衆国と日本の間の友好関係を育て強めようとして寄贈されたもので、現在の祭りでも二国間の親密な関係の継続が祝われている。

歴史[編集]

初期の取り組み[編集]

ポトマック河畔に日本の桜の木を植えることを提案したエリザ・シドモア

桜の木をワシントンD.C.に持ち込もうという試みは公式に植樹される十数年前から行われていた。1885年、ナショナルジオグラフィック協会初の女性理事であったエリザ・シドモアは初の日本旅行からアメリカに帰国し、公共施設・公有地庁のアメリカ陸軍管理者に対して埋め立てが行われたポトマック川河畔沿いに桜の木を植えることを提案した。この提案は拒否されたが、シドモアはすべての管理者にその後24年間提案し続けた[1]。この時期、個人によって数本の桜の木がこの地域に持ち込まれた。その中には北西ワシントンD.C.にて、木の下でシドモアが桜鑑賞の茶会を開いた桜木もあった。茶会には著名な植物学者であるデビッド・フェアチャイルド英語版と婚約者のマリアンや、発明家アレクサンダー・グラハム・ベルの娘などが招かれていた[2]

1906年、デビッド・フェアチャイルドは日本の横浜植木社から1000本の桜の木を輸入し、自らの所有するチェビーチェイス英語版に植樹した。フェアチャイルドはその結果に満足して、1907年にワシントン地域の道に植えるのに適した樹木として日本の桜の促進を始めた。9月26日、フェアチャイルドの友人の助けによってチェビーチェイス・ランド・カンパニーは当地に植える300本の東洋の桜を発注した。1908年、フェアチャイルドは植樹祭英語版を守るためにすべてのD.C.の学校の校庭に植える桜の苗木を寄贈した。エリザ・シドモアが参加した植樹祭のスピーチで、フェアチャイルドは当時タイダルベイスンの周辺に存在した"スピードウェイ"を"桜の道"に変えることを提案した[1]

1909年シドモアは桜を買って地区に寄贈するための資金を調達することを決めた。主な事例として、4月5日、彼女は当時のファーストレディヘレン・ヘロン・タフト英語版に彼女の計画を知らせるために手紙を書いている。2日後、大統領夫人から以下のような返事があった。

Thank you very much for your suggestion about the cherry trees. I have taken the matter up and am promised the trees, but I thought perhaps it would be best to make an avenue of them, extending down to the turn in the road, as the other part is still too rough to do any planting. Of course, they could not reflect in the water, but the effect would be very lovely of the long avenue. Let me know what you think about this.[1]

桜に関する提案をありがとうございます。私はこの問題について桜を植えることには同意しますが、道の折り返しまで伸びる桜の並木道を作るのがよいと考えており、他の部分はまだ植えるには危ないです。もちろん、これらは水に映えないでしょうが、長い通りをとても美しくするでしょう。あなたはどう思われるでしょうか?

偶然、4月8日には日本の科学者でアドレナリンの発見者高峰譲吉がニューヨーク日本総領事の水野幸吉とワシントンにいた。 "スピードウェイ"沿いに日本の桜の木を植える計画を知らされ、高峰は大統領夫人にさらに2000本の桜を寄贈できないか尋ね、水野は東京の名で桜を贈ることを提案した。高峰と水野はその後大統領夫人と会見し、彼女は2000本の桜の寄贈の提案を受け入れた[1]

1910年に最初に東京からアメリカにわたった2000本の桜の木は害虫や病気が発見されたために焼却処分されることとなった。

4月13日、公共施設・公有地庁の長官であったスペンサー・コスビーは90本の桜(Prunus serrulata)を輸入し、ポトマック川沿いのリンカーン記念館から東ポトマック公園英語版まで植えた。この桜は後に普賢象ではなく白普賢に近い種類であったことがわかった。これらの木は大部分が21世紀までになくなっている[1]

1909年8月30日、在アメリカ合衆国日本国大使館アメリカ合衆国国務省に東京がアメリカ合衆国に2000本の桜を寄贈し、ポトマック川沿いに植えようとしていることについて伝えた。桜は1910年1月6日にワシントンD.C.に到着したが、フローラ・W・パターソンが主導する農務省の検査チームが桜に昆虫線形動物が住まっているのを発見し、桜は地元の植物を守るために処分すべきと結論付けた。

タフト大統領は1月28日に焼却命令を出した[1]。国務長官フィランダー・C・ノックス英語版は日本大使に対して関連する事柄に遺憾の意を示す手紙を書いた。高峰はこのニュースに反応して、新しく東京の有名な花見処である荒川堤の桜を穂木にして、兵庫県川辺郡稲野村(現在の兵庫県伊丹市東野)の台木に接木した3020本の桜を寄贈することを試みた。1912年2月14日、3020本、12品種の桜は阿波丸英語版に乗せられ横浜港から出航、シアトルからは鉄道車両を経由し3月26日にワシントンD.C.に到着した[1]

日本からの寄贈[編集]

タイダルベイスン沿い桜の木の下の写真家や画家、1920年。

1912年3月27日に式典が行われ、アメリカ合衆国のファーストレディであるヘレン・ハロン・タフト英語版と、日本大使珍田捨巳子爵の妻・珍田いはがタイダルベイスンの北岸の西ポトマック公園で最初の2本の桜の植樹を行った。式典の最後にはタフト夫人が珍田夫人に「アメリカン・ビューティー」の名が付いたバラの花束を贈っている。この2本の木は第17通り南西の端に現在もたっており、大きな銘板で、最初の2本であることが示されている[1]。1915年から、アメリカ合衆国政府は返礼としてハナミズキの木を日本へと贈っている[3]

1913年から1920年にかけて、寄贈された桜のうち、おおよそ1800本程度のソメイヨシノがタイダルベイスンの周りに植えられた。残りの11種類と残りのソメイヨシノは東ポトマック公園に植えられた。1927年、アメリカの学校の子供が初期の植樹を再現した。1934年、コロンビア地区委員は3日間の桜の祭典のスポンサーを行った。

桜祭り[編集]

ワシントン記念塔西ポトマック公園英語版よりタイダルベイスンをはさんで望む

最初の桜祭りは1935年に多くの市民団体の共同支援で行われ、毎年のイベントになった。この時、桜の木はポトマック川辺縁を構成する風景の一つとなっていた。1938年、ジェファーソン記念館の建設のために桜の木を切り倒して土地を確保する計画が持ち上がったが、これに対して女性グループが抗議のために人間の鎖で予定地を封鎖した。この問題はタイダルベイスン南岸により多くの桜を植えることで妥協に達した。催し物などは1940年代に始まった[1]

1941年12月11日、4本の桜が切り倒された。これは日本が同年12月8日に行った真珠湾攻撃への報復であったと考えられているが、確証されてはいない。交戦国である日本の木である桜への攻撃から更なる被害を受けないように、大戦中には「東洋の」桜とされていた[1]第二次世界大戦の間、祭りは休止されており、1947年にワシントンD.C.、商務省、D.C.委員会の支援によって再開された[要出典]

1948年、全米州協議会英語版によって桜プリンセスと全米さくらの女王のプログラムが始められた。プリンセスはそれぞれの州と合衆国領から選ばれ、女王はプリンセスの中から選出される。1952年、日本は東京足立区荒川堤の桜の木立の復元のための救援を求めた。荒川堤の桜はD.C.の桜の親に当たる木々であったが、戦争によって数が減少していた。これに対してアメリカ合衆国国立公園局ハナミズキを東京に送っている[1]

1954年、日本大使は1854年にペリー提督日米和親条約が調印されたことを記念してワシントンD.C.に300年物の灯篭を寄贈した。その後、この灯篭の火入れ後に祭りが公式に始まることとなった。3年後、御木本幸吉が創業した御木本真珠店が真珠の冠を寄贈した。5ポンド以上の金と1585個の真珠が使われており、この冠はグランドボールでの女王決定後、戴冠式で使われている。翌年の1958年には横浜市から「1854年3月31日に横浜で締結された日米修好通商条約で示された米国との友好のシンボル」として石塔が贈られた。[1]

1965年の全米桜祭りでタイダルベイスン沿いに桜の植樹を行うレディ・バード・ジョンソン

1965年には日本は3800本のソメイヨシノを寄贈し、これはレディ・バード・ジョンソンが受け取った。これらの桜はアメリカで育成され、多くがワシントン記念塔の敷地に植えられた。式典としてレディ・バード・ジョンソンと武内龍次日本大使の妻が1912年の植樹を再現した。1982年、日本の園芸家は洪水で破壊された桜の木の植え替えのためにワシントンの桜から挿し木をとっている。1986年から1988年にかけて、最初に寄贈された桜の回復のためにアメリカ合衆国国立公園局に民間から寄付された101,000USドルを費やして、676本の桜の木が植えられた[1]

1994年、祭りは花が咲いている間に行われる活動に対応するために2週間に拡大された[4]。1996年にはポトマック川荒川が姉妹河川となった。1997年に挿し木が文書で証明された1912年の桜から取られ、並木の遺伝的遺産を継承するため植え替えに使われた。1999年、淡墨桜からとられた挿し木50本が岐阜県本巣郡根尾村(現在の岐阜県本巣市)から贈られ、西ポトマック公園に植えられた。2002年から2006年には400本の桜が1912年当時に寄贈されたと確認されており、維持されている[1]

ナショナル・モールの桜並木の中の観光客2009年4月5日

祭りの組織とイベント[編集]

2006年桜祭り司会者のゴードン・ピーターソン英語版

現在、全米桜祭りはビジネスの代表者、市民、政府組織などから構成される傘下に多くの組織を持つナショナル・チェリーブロッサム・フェスティバルIncによって行われている。70万人以上の人々が、毎年ワシントンに春の始まりを告げる桜の花を観賞するため訪れる。

2週間の祭りは3月最後の土曜日のファミリーデーに始まり、国立建築博物館英語版で公式の開会式が行われる[5][6]。文化イベントや活動の配置は次の日に行われる[7]スミソニアン凧揚げ大会英語版はおおむね祭りの最初の週末に行われる。祭り中は寿司や日本酒の祝賀や桜に関する講義、タイダルベイスンの自転車ツアー等が行われる。その他のイベントには芸術展示(写真、彫刻、アニメ等)、落語など文化公演、着物のファッションショー、歌や踊り、格闘技、商人主催のイベント、ラグビーユニオントーナメントなどがある。

2度目の土曜のには、サウスウェスト英語版で3ステージフェスタが行われる[8]。この祭りが終わるとワシントン運河英語版近郊で花火が始まる[9]。 翌朝、ワシントン記念塔からさくら10マイルラン英語版が行われる[10]。また、同日にタイダルベイスンに日本から送られた石灯籠の点灯式のために高官が集まる[11]

2009年、全米桜祭りはチェリーブラスト(Cherry Blast)と呼ばれる新しいイベントを導入し、無人のアナコスティア倉庫を祭りの間飾り、芸術作品、ダンスパフォーマンス、ライブ音楽、ファッション、DJのアンダーグラウンド的ミックスの企画が行われた。観客のほとんどはデュポンサークル英語版からのシャトルバスで当地に赴いた。2010年にはピンクラインプロジェクトの芸術家フィリパ・P・ヒューズによって行われたチェリーブラストIIはアダムス・モーガンの保管倉庫に移動したが、地元の芸術家と音楽家のグループを組み合わせた企画を行った[12]。チェリーブラストIIIは2011年の祭りの第2土曜日の夕方、近くで行われる花火の最中やその後に[9]に南西河岸の近くの屋内で行われた[13]

さくらまつり[編集]

全米桜祭りの一環としてワシントン日米協会主催で行われるストリートフェスティバル。祭りの最後の土曜日、コンスティテューション通り英語版でパレードが行われるが[14]、パレード中とパレード後に[15]12番通りとペンシルバニア通り英語版ノースウェスト英語版で行われ、アメリカ最大の日本文化祭となっている[16]。祭りは事前に長期計画を建てなければならないため、「さくらまつり」の期間は桜のピークを過ぎている事がある。

種類[編集]

ソメイヨシノはワシントンD.C.で最も一般的であり、タイダルベイスンを囲むように植えられている。

最初に贈られた3020本の桜は12種類で、現在ではソメイヨシノとカンザンが多くを占める[17]

ソメイヨシノ(Yoshino)はタイダルベイスンを囲む白い雲のようにたなびいており、北はワシントン記念塔にも植えられている。ソメイヨシノよりは少ないが少数のアケボノ(Akebono)も一緒に植えられており、ソメイヨシノと同時に咲く[17][18]

カンザン(Kwanzan)は主に東ポトマック公園で生育しており、ソメイヨシノの2週間後に満開となる。東ポトマック公園にはフゲンゾウ(Fugenzo)やシロフゲン(Shirofugen)も植えられている[17][19]

これらの木々の間に点在して様々な枝垂桜(Weeping Cherry)がありソメイヨシノの1週間前に咲き始める。そのほかジュウガツザクラ(Autumn Cherry)、オオヤマザクラ(Sargent Cherry)、ウスズミ(Usuzumi)、タケシマザクラ(Takesimensis)等が植えられている[17][18][19]

画像[編集]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n History of the Cherry Trees”. Cherry Blossom Festival. National Park Service. 2011年2月9日閲覧。
  2. ^ McClellan, Ann (2005). The Cherry Blossom Festival: Sakura Celebration. Bunker Hill Publishing, Inc.. p. 23. ISBN 1-59373-040-3. http://books.google.com/books?id=t2sFUEQQ86AC&hl=en&printsec=frontcover#v=onepage&q=&f=false. 
  3. ^ McClellan 2005, p. 46”. Books.google.com. 2012年6月20日閲覧。
  4. ^ Moran, Margaret (2004). Open-Ended Questions Coach: Level D. Triumph Learning - Coach Books. p. 8. ISBN 1-58620-533-1. http://books.google.com/books?id=tH8halDEj-YC&pg=PA8#v=onepage&q=&f=false. 
  5. ^ National Cherry Blossom Festival® Family Day presented with the National Building Museum”. National Cherry Blossom Festival, Inc.. 2011年3月31日閲覧。
  6. ^ National Cherry Blossom Festival® Opening Ceremony”. National Cherry Blossom Festival, Inc.. 2011年3月31日閲覧。
  7. ^ Events”. National Cherry Blossom Festival, Inc.. 2011年3月31日閲覧。
  8. ^ Southwest Waterfront Fireworks Festival”. National Cherry Blossom Festival, Inc.. 2011年3月31日閲覧。
  9. ^ a b National Cherry Blossom Festival® Fireworks Show”. National Cherry Blossom Festival, Inc.. 2011年3月31日閲覧。
  10. ^ Credit Union Cherry Blossom Ten Mile Run”. National Cherry Blossom Festival, Inc.. 2011年3月31日閲覧。
  11. ^ Lantern Lighting Ceremony”. National Cherry Blossom Festival, Inc.. 2011年3月31日閲覧。
  12. ^ “Going Out Guide: Cask Ale at Black Squirrel and Cherry Blossom events”. Washington Post. (2010年3月31日). http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/03/30/AR2010033004352.html 
  13. ^ Cherry Blast III”. National Cherry Blossom Festival, Inc.. 2011年3月31日閲覧。
  14. ^ National Cherry Blossom Festival Parade®”. National Cherry Blossom Festival, Inc.. 2011年3月31日閲覧。
  15. ^ Sakura Matsuri-Japanese Street Festival”. Japan-America Society of Washiington DC, Inc.. 2012年5月23日閲覧。
  16. ^ Sakura Matsuri - Japanese Street Festival”. National Cherry Blossom Festival, Inc.. 2011年3月31日閲覧。
  17. ^ a b c d Types”. Cherry Blossom Festival. National Park Service. 2011年2月9日閲覧。
  18. ^ a b Tidal Basin Cherry Tree Location Map”. Cherry Blossom Festival Maps and Brochures. National Park Service. 2011年3月31日閲覧。
  19. ^ a b East Potomac Park Cherry Tree Location Map”. Cherry Blossom Festival Maps and Brochures. National Park Service. 2011年3月31日閲覧。

外部リンク[編集]