三好学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
三好学
人物情報
生誕 1862年1月4日
文久元年12月5日
死没 1939年5月11日(満77歳没)
国籍 日本の旗 日本
出身校 ライプチヒ大学(ドイツ)
学問
研究分野 植物学
研究機関 東京大学
主な業績 「記念物」の概念
「景観」の言葉を創設
命名者名略表記
(植物学)
Miyoshi
プロジェクト:人物伝
テンプレートを表示

三好 学(みよし まなぶ、1862年1月4日文久元年12月5日) - 1939年昭和14年)5月11日)は、明治大正昭和時代の植物学者理学博士である。

日本の植物学の基礎を築いた人物の一人である。特に菖蒲の研究に関しての第一人者であった。

来歴・人物[編集]

美濃国岩村藩士の子として岩村藩江戸藩邸に生まれる。 1878(明治11年)、石川県第三師範学校卒業、岐阜県下の小学校教員を務めた。その間にいくつかの地理書を顕した。 1889年(明治22年)東京帝国大学理学部生物学科を卒業し、大学院在学中の1891年(明治22年)にドイツに留学し、ライプチヒ大学でベッファーに植物生理学を学んだ[1]。 帰国後の1895年明治28年)5月に帝国大学教授に就任。理学博士になる。

植物学の研究を続け、東京帝国大学教授時代の論文は100編以上、その著書も100冊以上といわれている。日本に「記念物(デンクマール、denkmal )の概念を広めた人物である。

1920年大正9年)には帝国学士院会員となり、1923年(大正12年)には東京帝国大学名誉教授となる。

終生植物研究を続け、桜、菖蒲の研究、及び天然記念物保存事業に力を注いだ。

地理学者辻村太郎が、1937年に著した『景観地理学講話』の中で「景観」という言葉を生み出した人物としてとりあげている。

著書[編集]

  • 植物自然分科一覧表 丸善 1888.7
  • 隠花植物解説 進成社 1889.3
  • 隠花植物大意 敬業社 1889.7
  • 植物学教科書 敬業社 1890
  • 欧州植物学輓近之進歩 敬業社 1895.10
  • 植物学講義 富山房 1899.5
  • 実験植物学 富山房 1902.2
  • 植物界の話 開成館 1902.10 (学芸叢談)
  • 植物生態美観 富山房 1902.11
  • 植物之感覚 富山房 1903.4 (博物叢書)
  • 植物社会 富山房 1903.10 (博物叢書)
  • 植物学叢話 博文館 1907.5 (学芸叢書)
  • 普通植物生態学 成美堂 1908.4
  • 印度馬来熱帯植物奇観 富山房 1908.5
  • 日本之植物界 丸善 1910.1
  • 日本植物景観 第1-15集 丸善 1905-1914
  • 欧米植物観察 富山房 1914
  • 天然記念物 富山房 1915
  • 人生植物学 大倉書店 1918
  • 桜花図譜 芸艸堂 1921
  • 桜花概説 芸艸堂 1921
  • 花菖蒲図譜 芸艸堂 1922
  • 天然紀念物解説 富山房 1926
  • 小金井桜花図説 東京市 1927
  • 最新植物学 富山房 1931
  • 日本巨樹名木図説 刀江書院 1936
  • 学軒集 随筆 岩波書店 1938
  • 桜 富山房 1938

翻訳[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 西川治「A・フンボルトと日本 -幕末から昭和にかけて-」/ダグラス・ボッティング著 西川治・前田伸人訳 『フンボルト  -地球学の開祖-』 東洋書林 2008年 377-378ページ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]