二木の菓子
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上野のアメヤ横丁にある二木の菓子本店
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| 種類 | 株式会社 |
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| 略称 | 二木の菓子 |
| 本社所在地 | 〒174-0053 東京都板橋区清水町66-3 |
| 設立 | 1947年5月 |
| 業種 | 小売業 |
| 事業内容 | 菓子・食品問屋卸小売業 |
| 代表者 | 二木正人 |
| 資本金 | 1,200万円 |
| 売上高 | 50億円(2005年度実績) |
| 従業員数 | 98名 |
| 主要子会社 | 株式会社二木ゴルフ 東洋茶郎株式会社 |
| 関係する人物 | 林家三平 (初代) 林家こん平 林家正蔵 (9代目) 林家三平 (2代目) |
| 外部リンク | http://www.nikinokashi.co.jp/ |
二木の菓子(にきのかし)は、1947年に設立された菓子の小売・現金問屋。正式名称は株式会社二木。社長は二木(ふたつぎ)正人。本社は東京都板橋区清水町にある。
主要な店舗は台東区御徒町のアメヤ横丁に2店舗、その他関東地方に展開している。量り売りや、海外の菓子の販売などが特色。関連会社に二木ゴルフ、ディスカウント二木がある。
目次 |
[編集] 概要
1947年(昭和22年)に二木源治が板橋に「二木食品工業所」を設立し、菓子の製造・行商を始める。1949年(昭和24年)からアメ横に店舗を構え、小売・現金問屋となる。それから24年後の1973年(昭和48年)にゴルフ部門を設立し、ゴルフ用品の販売に乗り出すようになる。ゴルフ部門は6年後の1979年(昭和54年)に別法人化されて「二木ゴルフ」になった。
この店は昔から変わらないCMソングによる独特なテレビコマーシャルでもよく知られる。1964年(昭和39年)から初代林家三平の「二木」を連呼するCMが関東ローカルで話題となった[1]。三平の死後も弟子のこん平、長男こぶ平(現・9代目林家正蔵)、次男2代目三平(元・いっ平)ら一門がCMを引き継いでいる。有名な「やすくてどうもスミマセン」というキャッチコピーは林家三平のギャグをもとにしている。(これは三平自身がアドリブで考案したという説もある。)
後のプロボクサーとなりWBA世界フライ級タイトル5連続防衛果たす大場政夫が中学卒業後の1965年(昭和40年)4月から勤めていた会社でもある。当初は同社の寮から通勤していたが、6月王子駅近くの帝拳に入門したのを機にジムの寮からの通勤が認められた。
[編集] 沿革
- 1947年(昭和22年)5月 - 個人経営による菓子製造および卸売業としてスタート
- 1951年(昭和26年)5月 - 資本金80万円にて二木製菓(株)を設立。「菓子現金問屋二木の菓子」として本格的に業界に進出
- 1956年(昭和31年)1月 - 資本金を200万円に増資するとともに、商号を(株)二木に変更
- 1973年(昭和48年)
- 1978年(昭和53年)3月 - 雑貨店「ディスカウント二木」展開
- 1979年(昭和54年)5月 - 足立物流センター稼働
- 1985年(昭和60年)5月 - 資本金を1,200万円に増資
- 1994年(平成6年) - 上野アメ横地区以外で「二木の菓子」の展開開始
[編集] 店舗
(本社:東京都板橋区清水町66番3号)
- 第一営業所(上野アメ横・上野四丁目1番8号)
- ビック館(上野アメ横・上野四丁目6番1号)
- 足立鹿浜店 (東京都足立区)
- 柏店(千葉県柏市)
- 新所沢店 (埼玉県所沢市)
- 福生駅前店 (東京都福生市)
- 草加店(埼玉県草加市)
- 鶴川店(東京都町田市)
- ビッグホップ印西店(千葉県印西市)
- GLOBO(グローボ)蘇我店(千葉県千葉市)
- グリナード永山店(東京都多摩市)
[編集] 閉店
- 滝山店(東京都東久留米市)2006年3月20日閉店
- 新松戸店(千葉県松戸市)2008年3月10日閉店
- 志村坂上店(東京都板橋区志村坂上)
- 取手戸頭店(茨城県取手市)2009年10月18日閉店
- せんげん台店(埼玉県越谷市)2010年7月25日閉店
- 吉川店(埼玉県吉川市)2011年3月15日閉店
- ディスカウント保谷店(東京都西東京市) 2011年7月10日閉店
[編集] 脚注
- ^ 「笑芸人記念館スペシャル版 ねぎし三平堂」、『笑芸人 vol.1』所収、1999年、白夜書房、PP137-142。