ラクイラ
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| ラクイラ L'Aquila |
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| 行政 | |||
| 国 | イタリア | ||
| 州 | |||
| 県 | |||
| CAP(郵便番号) | 67100 | ||
| 市外局番 | 0862 | ||
| ISTATコード | 066049 | ||
| 識別コード | A345 | ||
| 分離集落 | Aragno, Arischia, Assergi, Bazzano, Camarda, Coppito, Filetto, Paganica, Pescomaggiore, Pianola, Roio, San Gregorio, Sant'Elia, San Vittorino, Sassa, Tempera, | ||
| 隣接コムーネ | アントロドーコ (RI)、 バレーテ、 バリシャーノ、 ボルゴローゼ (RI)、 カニャーノ・アミテルノ、 カンポトスト、 カピティニャーノ、 クロニャレート (TE)、 ファーノ・アドリアーノ (TE)、 フォッサ、 イーゾラ・デル・グラン・サッソ・ディターリア (TE)、 ルーコリ、 マリアーノ・デ・マルシ、 オクレ、 ピエトラカメーラ (TE)、 ピッツォリ、 ロッカ・ディ・カンビオ、 ロッカ・ディ・メッツォ、 サント・ステーファノ・ディ・セッサーニオ、 スコッピート、 トルニンパルテ | ||
| 公式サイト | リンク | ||
| 人口 | |||
| 人口 | 69,368 人 | ||
| 人口密度 | 135 人/km2 | ||
| 文化 | |||
| 住民の呼称 | aquilani | ||
| 守護聖人 | San Massimo, Sant'Equizio, Celestino V | ||
| 祝祭日 | 6月10日 | ||
| 地理 | |||
| 座標 | 北緯42度21分0秒 東経13度24分0秒 / 北緯42.35000度 東経13.40000度座標: 北緯42度21分0秒 東経13度24分0秒 / 北緯42.35000度 東経13.40000度 | ||
| 標高 | 714 m | ||
| 面積 | 466 km2 | ||
ラクイラ(L'Aquila)は、人口69,368人のイタリア共和国アブルッツォ州ラクイラ県のコムーネの1つで、ラクイラ県の県都かつアブルッツォ州の州都である。
目次 |
歴史 [編集]
1254年に都市として創建され、当時の名はアクイラ(Aquila, ワシの意)といった。都市の勅許はシチリア王コッラード1世(皇帝コンラート4世)によって与えられた。1861年からアクイラ・デッリ・アブルッツィと称し、1939年から現在の名称となった。
市はこの土地にあった多くの村の連合によって創建された。地元の伝説では99の村が集まったという。それぞれの村は都市の中に自分の区画をもち、母胎となった村と結ばれていた。中世以来シチリア王国、後にはナポリ王国の支配を受ける自治都市であったが、短期間教皇領となったこともある。
シチリア王国中、パレルモに次いで2番目に勢力があり、経済的にも繁栄した都市であったが、16世紀に衰えた。
今日、ラクイラは観光地となっている。16世紀に建てられたスペイン様式の城砦、ロマネスク様式のサンタ・マリア・ディ・コレマッジオ聖堂(ここで教皇ケレスティヌス5世は戴冠し、また葬られた)、ルネサンス様式のサン・ベルナルディーノ聖堂、中世に作られた99の水管をもつ噴水、そしてラクイラの母胎となった数々の村が主要な観光資源である。
2009年4月6日のラクイラ地震で大きな被害を受け308人の死者が出た。そこで、イタリア政府は国際的な被災地支援を狙い、同年7月に同国がホスト国となる主要国首脳会議の開催地を地中海の保養地ラ・マッダレーナから急遽ラクイラに変更した[1][2]。
姉妹都市 [編集]
ロットヴァイル, ドイツ
ヨーク (オンタリオ州), カナダ
クエンカ, スペイン
ホバート, オーストラリア
ジェロナ・グラ, ポーランド
ベルナルダ, イタリア
ビストリツァ, ルーマニア
バールベック, レバノン
出身者 [編集]
- ナッツァレーノ・デ・アンジェリス - オペラ歌手
- ブルーノ・ヴェスパ - ジャーナリスト、司会者
関連項目 [編集]
脚注 [編集]
外部リンク [編集]
| この「ラクイラ」は、イタリアのコムーネの書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています。- ウィキプロジェクト イタリア |