メアリー・マッカーシー

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メアリー・マッカーシー(1963年の写真)

メアリー・テレーゼ・マッカーシー(Mary Therese McCarthy, 1912年6月21日‐1989年10月25日)はアメリカ合衆国の作家・批評家。2歳年下の弟に『セールスマンの死』(1951年)や『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』(1956年)で知られる映画俳優のケヴィン・マッカーシーがいる。

ワシントン州シアトル生まれ。幼い頃に両親を失い、父方のカトリックの祖父母の家で育てられた。祖父はアメリカ最初の労働者災害補償法(WCA)の草案作りに係わった人物とされており、彼女が後年抱くことになったリベラルな政治観に多少の影響を及ぼしたとも考えられる。

ヴァッサー大学を卒業した1933年はすでにコミュニズムの時代であり、当時の多くのリベラルな知識人同様、彼女もまたいわゆるフェロー・トラヴェラー(共産主義シンパ)の一人となった。だが「モスクワ裁判」以降はスターリニズムに強く反発、トロツキーとの連帯を表明している。以降『パーティザン・レヴュー』や『ニュー・リパブリック』など数多くの雑誌でリベラル派の論客として活躍。60年代のヴェトナム戦争や1970年代のウォーターゲート事件に際してもアメリカ国内の代表的な発言者の一人であり続けた。

二度目の夫である批評家エドマンド・ウィルソン(1938年に結婚)の勧めで短編小説にも手を染め、『オアシス』などで作家の地位を確立し、ヴァッサー大の卒業生の女性数名を描いた『グループ』(1962年)が85万部のベストセラーとなる。

広い交友関係でも注目すべき人物であり、とりわけフィリップ・ラーヴやニコラ・キアロモンテ、ドワイト・マクドナルドなど、いわゆる「ニューヨーク知識人」周辺のインテレクチュアル・ヒストリーを彩る重要なキャラクターと目されることが多い。なかでもハンナ・アーレントとの生涯にわたる友情はよく知られており、二人の往復書簡集も出版されている。

邦訳[編集]

  • ヴェトナム報告 新庄哲夫訳 河出書房 1968
  • ハノイ 北ヴェトナムとの会話 村上博基訳 早川書房 1969
  • 漂泊の魂 深町真理子訳 角川文庫 1971
  • 『グループ』(小笠原豊樹訳、早川文庫、1972)
  • 『アメリカの渡り鳥』古沢安二郎訳、早川書房、1974
  • フィレンツェの石(評論)幸田礼雅訳 新評論 1996
  • 『アーレント=マッカーシー往復書簡集 知的生活のスカウトたち』(佐藤佐智子訳 法政大学出版局、1999)
  • アメリカの鳥 中野恵津子訳(世界文学全集)集英社、2009 

外部リンク[編集]