ミュルハイム・アン・デア・ルール
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| 紋章 | 地図 |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 連邦州: | ノルトライン=ヴェストファーレン州 |
| 郡: | 郡独立市 |
| 標高: | 海抜 26-153 m |
| 面積: | 91.29 km² |
| 人口: |
167,156人(2011年12月31日現在) [1] |
| 人口密度: | 1,831 人/km² |
| 郵便番号: | 45468-45481 |
| 市外局番: | 0208 |
| ナンバープレート: | MH |
| 自治体コード: | 05 1 17 000 |
| 街区数: | 12 地区 (3 Stadtbezirk,9 Stadtteile) |
| 市庁舎の住所: | Ruhrstraße 32-34
|
| ウェブサイト: | www.muelheim-ruhr.de |
| 行政 | |
| 上級市長: | ダグマー・ミューレンフェルト (Dagmar Mühlenfeld) (SPD) |
ミュルハイム・アン・デア・ルール(Mülheim an der Ruhr)は、ノルトライン=ヴェストファーレン州の中西部に位置する都市である。およそ17万人ほどの人口を有し、東にはエッセン、西にはデュイスブルクという大都市に挟まれ、また北にはオーバーハウゼンがある。
目次 |
歴史 [編集]
ルール川のそばにある都市で、883年にブロイヒ城が建設され、1093年には「ミュルハイム」という地名の記録が見られる。都市権を与えられたのは、1808年である。
19世紀に入り、石炭の採掘が始まると同時に、石炭や鉄に関連する工場も設立され、ルール工業地帯の一部として発展した。
1944年11月1日夜半から2日にかけて、連合軍の大規模空爆を受けた。第二次世界大戦直後の人口は約88,000人であったが、1945年には125,441人を数えた。
戦後も、ルール工業地帯の一部として繁栄した。しかし、1966年には最後まで残っていたローゼンブルーメンデレ炭坑も閉鎖され、ルール地方の主要都市としては、最も早く炭鉱都市から脱却している。その後も鉄鋼などの工場は操業を継続したが、現在は、産業構造の変化により、新たな方向が模索されている。また、ルール地方の都市としては緑が多く、住宅都市としての整備も進められている。
姉妹都市 [編集]
引用 [編集]
外部リンク [編集]