ペートラーチャー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

基本情報
正式名 ペートラーチャー王
タイ語 สมเด็จพระเพทราชา
王朝・代 アユタヤ王朝31代目
家系 バーンプルールワン家
即位期間 1688年7月11日 - 1703年
その他の呼称 マハーブルット王
สมเด็จพระมหาบุรุษ) 
  

ペートラーチャー王(? - 1703年)はタイアユタヤ王朝の王の一人。現・スパンブリー県のバーンプルールワンに生まれた。ナーラーイ王の元では像隊長を任命され軍事面で重宝された。ナーラーイ王が病床に伏したとき、息子のチャオプラヤー・コーサーパーンに王位に就くことを頼まれ、ギリシャ人の高官チャオプラヤー・ウィッチャイェーン(フォールコン)を殺し王位に就いた。アユタヤー王家の血が流れていないことで、反乱勢力が大きく、即位中のほとんどは反乱勢力の討伐に明け暮れていたという。

外交政策としてはナーラーイ王時代のフランスの侵略外交が祟り、鎖国を推進した。

[編集] 関連項目

先代:
ナーラーイ
アユタヤ王朝
次代:
スリエーンタラーティボーディー
他の言語