フィランソロピー

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フィランソロピー: Philanthropy)とは、基本的な意味では、広く人類全般に対する愛にもとづいて、よいものを広めたり、クオリティオブライフQOL)を高めたりすることを目的とした、利他的・奉仕的な活動全般を指す。

あるいは慈善的な目的を援助するために、時間、労力、金銭物品などをささげる行為のことである。従来日本語では「慈善活動」「博愛」「人類愛」などとも呼んできた。この意味では「チャリティー」に近い。

あるいは、特定の活動や事業のために、長い年月をかけて労力や資金を支援するようなこと。

Philanthropyの語源は古希: φίλος(「フィロス= “loving”」)と、古希: άνθρωπος(「アントロポス =人間」)である。すなわち、人間を愛すること、という意味が込められている[要出典]

フィランソロピーを実践している人はフィランソロピストと呼ばれる。従来日本語で「篤志家(とくしか)」と呼んできたものである。

目次

[編集] 概説

フィランソロピーとは、基本的に、人々の人生の質QOL)を高めたりすることを目的とした、利他的あるいは奉仕的な活動全般を指している。

フィランソロピーを行う人の経済状況は様々である。 たしかにフィランソロピストとして、アメリカのロックフェラー家、カーネギー家、ビル・ゲイツなどのような富豪に注目が集まることも多くはあるが、フィランソロピーの実践に富の大小は関係ない。日本では個人による支援の側面より、企業の社会的貢献(企業自体の貢献、企業社員による貢献、および企業が一般市民の貢献の媒介となる活動)をさして使われることでこの言葉が広まった。

欧米諸国では、フィランソロピーは、美術音楽宗教人道主義活動や、教育活動(地域の学校から大学まで)に財源を供給し(しかも、主たる財源である)、人々のQOLの改善に貢献している。

[編集] フィランソロピーと政治

フィランソロピーは、福祉政策などに代表される政府の機能に頼ることなく、社会的改革に影響を及ぼそうとする民間セクターによる活動である。

政府はフィランソロピーの活動を制度的に支援することがある。多くの国では、チャリティー活動に寄付した場合税金が控除される。


[編集] フィランソロピーに対する反応

フィランソロピーを貧困な者に対する徳行や慈悲と同一視する者もいる。

フィランソロピーは現在の需要と将来の需要の両方に応えるものといえる[1]。たとえば差し迫った災害に対する慈善的反応は、フィランソロピーの基本的な機能である。これは遠い将来を予測する必要がなく、直後にフィランソロピストに栄誉を与える。

しかし、将来の需要に対するフィランソロピーは、寄付者の予見力と知恵を必要とするが、寄付者のことを後から認識してくれる人は少ない。将来の需要に今応えることは、困難な事態が起こってから寄付するよりも、はるかに被害を少なくすることが出来る。

[編集] 関連項目

[編集] 出典、脚注

  1. ^ Mary Lou & John Tanton; A Journey into American Conservation, by John F. Rohe, published by FAIR Horizon Press, 2002, Chapter 6, entitled Prophesy and Charity.

[編集] 外部リンク

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