ビチェスラフ・センチェンコ

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ビチェスラフ・センチェンコ
基本情報
階級 ウェルター級
国籍 ウクライナの旗 ウクライナ
誕生日 1977年12月4日(35歳)
出身地 ウクライナの旗 ウクライナ
ポルタヴァ州クレメンチューク
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 34
勝ち 33
KO勝ち 22
敗け 1
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ビチェスラフ・センチェンコウクライナ語:В’ячеслав Володимирович Сенченко ビヤチェスラフ・ヴォロドィームィロヴィチュ・センチェンコロシア語:Вячеслав Владимирович Сенченко ビャチェスラフ・ヴラヂーミラヴィチュ・センチェンコラテン翻字Vyacheslav Senchenko、男性、1977年12月4日 - )は、ウクライナプロボクサー。身長178cm。元WBA世界ウェルター級王者。

目次

来歴 [編集]

2000年、ウクライナ代表としてシドニーオリンピックボクシングスーパーライト級に出場し、初戦(2回戦)で敗退した。

2002年6月15日、プロデビュー。

2002年12月21日、CISBBウェルター級王座を獲得した。以後、2度の防衛に成功した。

2004年4月8日IBFインターコンチネンタルウェルター級王座を獲得した。以後、4度の防衛に成功した。

2006年2月28日、IBFインターナショナルウェルター級王座を獲得した。以後、1度の防衛に成功した。

2006年12月23日EBU-EEウェルター級王座を獲得した。

2007年12月15日、EBU-EE王座の4度目の防衛に成功すると共にWBAインターコンチネンタルウェルター級王座を獲得した。以後、EBU-EE王座の防衛は行わずWBAインターコンチネンタル王座を3度防衛した。

2009年4月10日、WBA世界ウェルター級王者ユーリ・ヌズネンコに挑戦。無敗のウクライナ人同士の対戦となったが、3-0の判定勝ちで無敗(29戦29勝)のまま世界王座を獲得した。

2009年10月3日佐々木基樹帝拳)を3-0の判定勝ちで下し初防衛に成功した[1]

2010年8月30日ウクライナドネツィクドンバス・アリーナにて同級12位のチャーリー・ナバーロ(ベネズエラの旗 ベネズエラ)と対戦し、3-0(115-113×2 116-113 )の僅差判定勝利で接戦を制した[2]

2011年8月26日、ウクライナ・ドネツィク・レニンスクエアにて同級13位のマルコ・アベンダーニョ(ベネズエラの旗 ベネズエラ)と対戦し、6回TKO勝利で3度目の防衛に成功した[3]

2012年4月29日、元IBF世界スーパーライト級王者ポール・マリナッジアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国)と対戦し、プロ初黒星となる9回1分10秒TKO負けを喫し4度目の防衛に失敗すると共に王座から陥落した。

2012年11月24日イギリスランカシャー州マンチェスターにて元世界2階級制覇王者リッキー・ハットンイギリスの旗 イギリス)と対戦。約3年半ぶりの復帰戦となるハットンを相手にポイントではリードを許していたものの、9回KO勝ちを収めて自身の再起に成功した[4][5]

獲得タイトル [編集]

脚注 [編集]

  1. ^ 佐々木判定負け WBA世界ウェルター級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年10月4日
  2. ^ センチェンコ苦闘防衛 ナバーロに3-0 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年9月1日
  3. ^ センチェンコV3 アベンダーニョ倒す WBAウェルター級 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年8月27日
  4. ^ ハットンが引退表明=3年半ぶり復帰戦でKO負け-ボクシング 時事通信 2012年11月25日
  5. ^ ハットン再起失敗 センチェンコにKO負け ボクシングニュース「Box-on!」 2012年11月27日

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]

前王者
ユーリ・ヌズネンコ
第85代WBA世界ウェルター級王者

2009年4月10日 - 2012年4月29日

次王者
ポール・マリナッジ