パキスタン人民党

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パキスタンの旗 パキスタンの政党
パキスタン人民党
پاکستان پیپلز پارٹی
Pakistan Peoples Party
Flag of PPP.png
党旗
共同総裁 アースィフ・アリー・ザルダーリー
成立年月日 1967年11月30日
国民議会議席数
40 / 342   (12%)
(2013年6月5日)
元老院議席数
41 / 104   (39%)
(2013年5月24日)
政治的思想・立場 中道左派
社会民主主義
民主社会主義
イスラム社会主義
世俗主義
公式サイト PPP Pakistan Peoples Party
シンボル
国際組織 社会主義インターナショナル
党首は現在ビラーワル・ブットー・ザルダーリーとの共同総裁
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パキスタン人民党(パキスタンじんみんとう、(ウルドゥー語: پاکستان پیپلز پارٹی‎、英語: Pakistan Peoples Party、略称PPP)は、パキスタン中道左派社会民主主義政党

沿革[編集]

ズルフィカール・アリー・ブットー
ベーナズィール・ブットー

1967年ズルフィカール・アリー・ブットー(後に大統領首相)を中心として創設された。彼がクーデターで打倒された後にムハンマド・ジア=ウル=ハクの手で処刑されてからはイスラーム圏初の女性首相を経験したベーナズィール・ブットーを党首として、ハク大統領の飛行機事故死後にパキスタンの民主化を進めた。

2007年からパキスタンで民主化運動が活発化し、パルヴェーズ・ムシャラフ大統領に抵抗する一大運動に発展すると、ベーナズィール・ブットーの暗殺英語版を経て、その夫であるアースィフ・アリー・ザルダーリー大統領と長男のビラーワル・ブットー・ザルダーリーを共同総裁としている。このように、ブットー家の党という一面もある[1]。主な地盤は南部のシンド州だが、他の地域にもそれなりの勢力を持つ。

2008年のパキスタン下院総選挙英語版で第1党となり、党指導者のひとりユースフ・ラザー・ギーラーニーが率いる連立政権統一民族運動(MQM)などと成立させた。しかしMQMは後に政権から離脱している。

アースィフ・アリー・ザルダーリー共同総裁(大統領)

2013年のパキスタン下院総選挙英語版では党の汚職体質や経済無策を批判され、さらにイスラーム過激派パキスタン・ターリバーン運動からもテロ攻撃の対象とされるなか惨敗した[2]

産業の国有化などの社会主義イスラーム社会主義)政策、労働者農民の生活向上、国民の国防参加、インドとの対抗上から親中親米政策を掲げている。現在はこれに加えてイスラーム主義勢力への対抗から、民主政治、世俗主義を強調している。

社会主義インターナショナル加盟。

脚注・出典[編集]

  1. ^ 萬宮健策「パキスタンにおける政党の位置づけ―パキスタン人民党を事例として―」[1]5.パキスタン人民党の政治活動 (3)パキスタン人民党の活動概観
  2. ^ パキスタン総選挙、野党第1党に 米との関係焦点(日本経済新聞 2013/5/12)

外部リンク[編集]