デメトリオス2世 (マケドニア王)

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デメトリオス2世Δημήτριος Β' Αιτωλικός)は、アンティゴノス朝マケドニアマケドニア王(在位:紀元前239年紀元前229年)である。彼の渾名の「アイトリコス」はアイトリア同盟との闘争に長年を費やしたことから付けられた。彼はアンティゴノス2世・ゴタナスの子で、息子はピリッポス5世である。

デメトリオスはアンティゴノス2世の在位中の紀元前260年に、デルディアエピロス王アレクサンドロス2世を破ってマケドニアの存続を守るなど活躍をしていた。また、当時マケドニアに敵対する形で形成されたアカイア同盟とアイトリア同盟と対峙しなければならなかったが、彼はの間の駆け引きを巧みに操り、アイトリア同盟に与していたボイオティアを離反させることなどに成功している。しかし、エピロスで政府が転覆し、共和政が布かれると彼の立場は弱体化した。

またデメトリオスは、マケドニア北部から南下する蛮族も撃退せねばならず、ダルダニ族との戦いは熾烈を極め、王位を幼い息子ピリッポスに託して紀元前229年に没した。