チコタン
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『チコタン』は、蓬莱泰三作詞、南安雄作曲による、合唱組曲。「ぼくのおよめさん」という副題をともなう。児童合唱とピアノのために書かれ、後に女声合唱版も作られた。2台ピアノ伴奏版もある。和歌山放送児童合唱団によって初演された。
5つの歌から成り、女声合唱版にはピアノのみで演奏される前奏曲(Petit Prelude)が付されている。昭和44年(1969年)度芸術祭優秀賞を受賞。
歌詞は大阪弁で書かれており、主に関西地方の小学校の合唱コンクール等で歌われることが多い。
1960年代の交通戦争を示唆した内容。子どもの初恋を交えた日常から一転し登場人物が交通事故で突然死んでしまうというあまりにも衝撃的な内容であるため、「トラウマソング」、「忘れられない曲」として話題に上ることが多い[1]。
1971年には岡本忠成監督によって短編アニメーション映画化。また絵本も制作されている。
なお、「チコタン」とは、同曲内で歌われる少女「チエコ」の愛称である。
目次 |
[編集] 物語
- 1. なんでかな?
- 幼い少年「ぼく」が、クラスメイトの女の子「チコタン」に恋をし、どうしてこんなに彼女が好きなのか、と戸惑う。
- 2. プロポーズ
- 「ぼく」は思いきってチコタンにプロポーズをする。
- 3. ほっといてんか
- 「ぼく」の家は魚屋を営んでおり、一人っ子の「ぼく」が店を継がなければならない。しかしチコタンは魚が嫌いであったため、「ぼく」は失恋し、塞ぎこんでしまう。
- 4. こんやく
- 魚嫌いのチコタンだが、エビ・カニ・タコは好きであるということが分かる。「ぼく」は俄然張り切り、「エビ・カニ・タコだけ売る日本一の魚屋になる」と宣言し、チコタンと将来結婚することを約束する。
- 5. だれや?
- ところがその直後、チコタンは突然の交通事故に遭い、亡くなってしまう。チコタンの死に激しく動揺し、加害者を糾弾する「ぼく」の悲痛な叫びで楽曲は幕を閉じる。
[編集] 音楽
関西弁のアクセントや、緊張からくるどもりまでそのまま再現したメロディーは、鮮烈でコミカルである。豊かな感情や関西弁の表現力が必要であるため、歌唱難易度はやや高い。
[編集] 評価
- 幼い子供が突然大きな不幸に襲われるが、物語は主人公が事故の加害者に怒りを抱くところで終わり、救いや後日談は描かれていない。よって、ショックを受ける児童も少なからずいることが想定されるため、教員等のフォローが期待される[2]。
- 幼い少年の初恋を明るくコミカルに描いていた前半部分から一転、突然相手が死んでしまうというあまりにもショッキングな内容のため、トラウマソングとして一種の笑い話のネタにされたり、「子どもに歌わせるには適さない問題作」と評されることがある。
- ただし同時に交通事故の悲惨さや理不尽さ、ひいては自分自身ではどうにもならない運命の残酷さや世の無情をわかりやすく伝える名曲として高く評価する声もある。
- 歌詞の内容の衝撃的な部分ばかりが注目されがちであるが、合唱曲としての完成度も非常に高い。いわゆる「コテコテ」の大阪弁で語られる活き活きとした子供の日常の描写や、話し言葉のアクセントを忠実に再現したメロディ、語り口調を再現するための凝った拍子等も興味深い。
- 小学生向けの合唱組曲であるため、その年齢・年代でこの曲を歌った、もしくは聞いた者にとってはトラウマではなく「大事な事を教えてくれた曲」と認識し、確かな思い出の1つとして記憶している者も多い。そのため徒に「トラウマソング」「問題作」として取り上げられることに不快感を覚える者も多い。ゆえに話題として取り上げる際には注意を要する曲でもある。
[編集] その後の展開
蓬莱と南のコンビは、他にも児童向けの合唱曲をいくつか発表し、いじめ等の重いテーマも扱っている。
中でも『日曜日~ひとりぼっちの祈り~』は本作同様、子供の視点からの交通事故を題材にしている。ただし『チコタン』が、被害者の立場から事故に遭うまでを描いているのに対し、『日曜日』では交通事故加害者の家族(その事故により、加害者である自分の両親を亡くし、あまつさえ「人殺しの子」とののしられる日々を送る子供)が、事故のもたらした影響に後々まで苦しむ姿を詳細に描いていることから、こちらの方がより衝撃的で、また同時に高く評価されるべきであるとする意見もある。
なお、蓬莱はNHKの教育ドラマ番組『中学生日記』の脚本を執筆しており、南もNHKの児童向け音楽等に関わっている。
[編集] 都市伝説
内容が内容であるだけに、以下のような都市伝説が語られる場合がある。
- 実話である(モデルとなった出来事がある)
- 中には具体的な地名や日時まで指定されている場合がある。実際は前述の通りであるため、モデルがあったとしても、それはその当時によく見受けられた痛ましい事故の一般的かつ平均的なアーキテクチャを抜き出しただけのものであり、あとは作者がそのイマジネーションを持って創作したものに過ぎない。
- 幻の6番がある
- 内容は「(チコタンの遺した想い出や加害者の謝罪などで)主人公『ぼく』が救われる」とするものや「主人公『ぼく』の復讐譚」であったり、もしくは「意味不明の呪詛に近い言葉の羅列」など、多岐にわたる。ただし、こうして語られるもののほとんどは実際の5番までの曲や歌詞とは全く統一性を持っていない歌詞・内容である。

