スピリットオブセントルイス号
| スピリット・オブ・セントルイス号 | |
|---|---|
| 概要 | |
| 用途 | オルティーグ賞獲得飛行 |
| 乗員 | パイロット1名 |
| 初飛行 | |
| 製造者 | ドナルド・A・ホール |
| 寸法 | |
| 全長 | 8.4m |
| 全幅 | 14m |
| 全高 | 3m |
| 翼面積 | 29.7 m2 |
| 重量 | |
| 空虚 | 2,150lb(975kg) |
| 運用 | |
| 最大離陸 | |
| 動力 | |
| エンジン | 1× Wright Whirlwind J-5C(166kW) |
| 出力 | 23lb/馬力(10.4kg/馬力) |
| 性能(目安) | |
| 最大速度 | |
| 巡航速度 | 100-110mph(160-175km/h) |
| 航続距離 | |
| 翼面荷重 | 9 lb/ft2(44 kg/m2) |
スピリット・オブ・セントルイス号(英語:Spirit of St. Louis)とは、1927年5月21日にチャールズ・リンドバーグによって、ノンストップでの大西洋横断単独飛行に成功したライアン・エアラインズ製の単発機ライアンNYP-1の愛称である。リンドバーグによって名付けられた。
目次 |
概要[編集]
製造者による機体命名は、ライアンNYP-1である。1926年にライアン・エアラインズ (Ryan Airlines) のドナルド・A・ホールによって設計された。ライアンNYP-1は、リンドバーグの発注を受け、大西洋横断単独飛行を目的として特別に設計された機体であった。多量の燃料(ガソリン)を携行するために、機体を構成する部材のうち燃料タンク(と満載燃料)は最大の重量物となった。重重量による飛行性能への悪影響を最小限に留めるため燃料タンクは機体の重心位置(翼の直下)に置かれ、結果、操縦席は巨大な燃料タンクの後方に配置せざるをえなかった。機体構成は機首側から順に、エンジン、燃料タンク、操縦室である。このため操縦座席からは燃料タンクが邪魔をし直接前方が見えず、潜望鏡のようなものを使うか、機体側面の窓から顔を出して前を見なければならなかった。しかし正面を見る必要は滑走路を視認しなければならない離着陸時に限られ、陸地上空の航行で使用した地文航法には機体側面窓からの地上観測で十分であった。また、航行の大部分を占めた海上飛行では視認すべき前方目標物は無く、機体正面を観測する必要はない。飛行姿勢を確認するための観測は、機体両側面の窓から見える地平線ないし水平線を左右見比べることで十分可能であった。
この特徴的な燃料タンク配置は、無名の操縦士だったリンドバーグには出資者が少なく、他のオルティーグ賞挑戦者のように大型の機材を用意できなかったことが最大の理由である(大型の機材では常識的な位置に十分な容量の燃料タンクを配置できた)。また調達資金不足から、リンドバーグが望んだ機材(ベランカ社製)よりも航続距離や燃費消費率などにおいてやや性能が低い当機にせざるを得なかったため、前方視界を犠牲にしても燃料の搭載量を増やすことで飛行時間[1]の延長を図ったのである。
機体正面に窓が無いことと機体全長に対して翼長が長いことが外見上の大きな特徴である。
大西洋横断単独飛行[編集]
1927年5月21日にリンドバーグによってアメリカ合衆国のニューヨーク・ロングアイランドからフランスのパリまでの5,810kmを33時間29分間29.8秒間で飛行し、オルティーグ賞とその賞金の25,000$を獲得した。このことで、リンドバーグの名は世界的に有名となった。
なおリンドバーグ以前にも大西洋横断飛行に成功したものはいたが、水上機が着水を繰り返しながらのものや、複数の搭乗員によるものであり、所要時間も長かった。スピリット・オブ・セントルイス号によるリンドバーグの単独飛行は当時としてはかなり速いもので、単独・無着陸では世界初だった。
展示[編集]
2012年現在スピリット・オブ・セントルイス号は、アメリカの国立航空宇宙博物館に保管・展示されている。
脚注[編集]
- ^ 航続距離とほぼ同意だが、リンドバーグの観点は時間であり、航法誤差により目的空港が見つからなかった場合に、捜し回る時間の余裕を指していた