ジョン・コーンフォース
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サー・ジョン・ワーカップ "カッパ" コーンフォース(Sir John Warcup "Kappa" Cornforth, 1917年9月7日 – )は、1975年に酵素触媒反応の立体化学的研究でノーベル化学賞を受賞した化学者である。彼は10代でろう者となった。
コーンフォースはオーストラリアのシドニーで生まれ、シドニーボーイズ高校を卒業した後、16歳でシドニー大学に入学した。彼はシドニー大学で妻となるリタ・ハラデンスと知り合った。彼は有機化学を学び、1937年にユニバーシティーメダルを授与され首席で卒業した。そして奨学金を獲得し、リタとともにオックスフォード大学に移った。
第二次世界大戦中はペニシリンの研究で名をはせ、1949年にプリンストン大学出版局より上梓された The Chemistry of Penicillin (ペニシリンの化学)の執筆にも参加した。1975年にウラジミール・プレローグとともにノーベル化学賞を受賞し、1977年にナイトに叙せられた。また1953年にコーディ・モルガンメダル、1976年にロイヤルメダル、1982年にコプリ・メダルを受賞した。
現在は王立協会のメンバーとして、サセックス大学で現役で化学の研究を行っている。彼の長年の研究の成果と難聴に打ち勝って業績を挙げたことを記念して、1975年のオーストラリアン・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。
1,3-オキサゾール化合物で起こるコーンフォース転位、酸化剤として汎用されるコーンフォース試薬(PDC, 二クロム酸ピリジニウム)にその名が残る。
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