サムター郡 (ジョージア州)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ジョージア州サムター郡
サムター郡の位置を示したジョージア州の地図
郡のジョージア州内の位置
ジョージア州の位置を示したアメリカ合衆国の地図
州のアメリカ合衆国内の位置
設立 1831年12月26日
郡名の由来 トマス・サムター
郡庁所在地 アメリカス
面積
 - 総面積
 - 陸
 - 水

1,276 km2 (492.54 mi2)
1,257 km2 (485.28 mi2)
19 km2 (7.26 mi2)
人口
 - (2010年)
 - 密度

32,819人
標準時 東部: UTC-5/-4
ウェブサイト www.sumtercountyga.us

サムター郡: Sumter County)は、アメリカ合衆国ジョージア州の南西部に位置するである。2010年国勢調査での人口は32,819人であり、2000年の33,200 人から1.1%減少した[1]郡庁所在地アメリカス市(人口17,041人[2])であり、同郡で人口最大の都市でもある。サムター郡は1831年12月26日に設立された。

サムター郡はアメリカス小都市圏に属している。

歴史[編集]

設立から南北戦争まで[編集]

サムター郡は1831年12月26日に、ジョージア州議会の法により設立された。これはクリーク族インディアンが1825年のインディアンスプリングス条約によってこの地域から出ていき、州がその領地を獲得した年から丁度4年後のことだった。サムター郡は州内80番目の郡であり、現在南隣にあるリー郡から分離した。郡名はサウスカロライナ州選出アメリカ合衆国上院議員トマス・サムター元将軍(1734年-1832年)に因んで名付けられた。郡設立の時に、サムター将軍は97才であり、アメリカ独立戦争の将軍としては最後の生き残りだった。

その後まもなく郡政委員会が郡の中央部を郡庁所在地に選定し、後にアメリカスの町となる場所の区画を作った。郡内初期白人住人の多くは1827年の州による土地抽選を通じて土地を獲得しており、当時南西部ジョージアに入植してきた多くの者と同様に、その土地を綿花農場とプランテーションに転換した。肥沃な黒土と、フリント川(郡の東境界)あるいはチャタフーチー川(郡の西)を使って市場に容易に運べることが組み合わされ、1840年代から1850年代にはサムター郡が州内でも最も反映するブラックベルトの郡となった。この経済的な成功には奴隷が不可欠であり、郡住人は1850年時点で4,000人近い奴隷を所有していた。

南北戦争[編集]

南北戦争(1861年-1865年)のとき、郡の北端、アメリカスからは北に9マイル (14 km) にあったアンダーソンビルという小さな村が、アメリカ連合国当局から戦争捕虜収容所の場所に選ばれ、地域では注目され、悪評も立った場所となった。アンダーソンビル監獄は近隣のメイコン郡に建設され、この種のものとしては南部で最大になった。これが存在した14か月間で、45,000人ほどの北軍捕虜が最悪の条件を味わい、他のどの収容所よりも多くの被害者を出した。今日、アンダーソンビル国立歴史史跡はアメリカ史を通じた戦争捕虜全てを記念するものとなっている。この広さ495エーカー (2.00 km2) の公園は、メイコン郡とサムター郡に跨ってあり、収容所跡地と国立墓地がある。

現代[編集]

郡内の他の地域は20世紀に入ってから様々な理由で全国の注目を浴びることになった。1942年、2人のバプテスト牧師が郡西部のある農園を、コイノニナと呼ぶキリスト教徒のコミューンの地として選定し、黒人と白人の労働者が50年間近くともに暮らして働いた。その初期には地元住民との間に敵対関係を生じた。

郡内からはアメリカ合衆国大統領が生まれた。ジミー・カーターは郡西端の小さな町プレーンズにあるピーナッツ農場で生まれ育った。1976年の大統領選挙では、この小さな町が全国のジャーナリストや観光客からかなり注目され、元大統領となってからもその妻や家族の多くがプレーンズを故郷にしていた。カーターが生まれ子供時代を過ごした家はアメリカ合衆国国家歴史登録財に指定され、観光客にも公開されている。

非営利組織でその使命がホームレスを無くすことであるハビタット・フォー・ヒューマニティ・インターナショナルの本部が、創設者ミラード・フラーの故郷であるアメリカス市にある。ハビタットの社会的に影響力ある行動に加えて、コイノニナ・パートナーズが、囚人の改善と教育を推進する刑務所・監獄プロジェクトのために隔月でニューズレターを出版している。アメリカス市には、2つの高等教育機関がある。1つは1906年に設立され、ジョージア大学システムに属する公立4年制機関であるジョージア南西部州立大学である。もう1つは南ジョージア工科カレッジであり、第一次世界大戦時にはアメリカとイギリスの飛行機操縦士の訓練基地(1917年-1918年)だったサウザーフィールド近くに位置している。チャールズ・リンドバーグはここで操縦を習い、払下げ軍用機「ジェニー」をサウザーフィールドのメカニックの助けを借りて組み立てた。アメリカス中心街には、1892年に建設されたウィンザー・ホテルと1921年に開業したライランダー劇場という歴史ある建物を見事に修復した例が見られる。

地理[編集]

アメリカ合衆国国勢調査局に拠れば、郡域全面積は492.54平方マイル (1,275.7 km2)であり、このうち陸地485.28平方マイル (1,256.9 km2)、水域は7.26平方マイル (18.8 km2)で水域率は1.47%である[3]

郡内をマッカリー・クリークが流れ、その途中にはブラックシャー湖とキンチャフーニー・クリークもある。

主要高規格道路[編集]

アメリカ国道[編集]

ジョージア州道[編集]

  • Georgia 3.svg ジョージア州道3号線
  • Georgia 27.svg ジョージア州道27号線
  • Georgia 30.svg ジョージア州道30号線
  • Georgia 45.svg ジョージア州道45号線
  • Georgia 49.svg ジョージア州道49号線
  • Georgia 118.svg ジョージア州道118号線
  • Georgia 153.svg ジョージア州道153号線
  • Georgia 195.svg ジョージア州道195号線
  • Georgia 228.svg ジョージア州道228号線
  • Georgia 271.svg ジョージア州道271号線
  • Georgia 308.svg ジョージア州道308号線
  • Georgia 377.svg ジョージア州道377号線

隣接する郡[編集]

国立保護地域[編集]

  • アンダーソンビル国立歴史史跡(部分)
  • ジミー・カーター国立歴史史跡

人口動態[編集]

人口推移
年度 人口 変動率
1840 5,759
1850 10,322 79.2%
1860 9,428 −8.7%
1870 16,559 75.6%
1880 18,239 10.1%
1890 22,107 21.2%
1900 26,212 18.6%
1910 29,092 11.0%
1920 29,640 1.9%
1930 26,800 −9.6%
1940 24,502 −8.6%
1950 24,208 −1.2%
1960 24,652 1.8%
1970 26,931 9.2%
1980 29,360 9.0%
1990 30,228 3.0%
2000 33,200 9.8%
2010 32,819 −1.1%
U.S. Decennial Census

以下は2000年国勢調査による人口統計データである。

基礎データ

  • 人口: 33,200人
  • 世帯数: 12,025 世帯
  • 家族数: 8,501 家族
  • 人口密度: 26人/km2(68人/mi2
  • 住居数: 13,700軒
  • 住居密度: 11軒/km2(28軒/mi2

人種別人口構成

年齢別人口構成

  • 18歳未満: 27.8%
  • 18-24歳: 11.9%
  • 25-44歳: 27.4%
  • 45-64歳: 20.6%
  • 65歳以上: 12.3%
  • 年齢の中央値: 33歳
  • 性比(女性100人あたり男性の人口)
    • 総人口: 88.2
    • 18歳以上: 81.9

世帯と家族(対世帯数)

  • 18歳未満の子供がいる: 34.5%
  • 結婚・同居している夫婦: 44.5%
  • 未婚・離婚・死別女性が世帯主: 22.0%
  • 非家族世帯: 29.3%
  • 単身世帯: 25.0%
  • 65歳以上の老人1人暮らし: 8.9%
  • 平均構成人数
    • 世帯: 2.64人
    • 家族: 3.1人

収入[編集]

収入と家計

  • 収入の中央値
    • 世帯: 30,904米ドル
    • 家族: 35,379米ドル
    • 性別
      • 男性: 27,828米ドル
      • 女性: 20,439米ドル
  • 人口1人あたり収入: 15,083米ドル
  • 貧困線以下
    • 対人口: 21.4%
    • 対家族数: 17.6%
    • 18歳未満: 32.3%
    • 65歳以上: 16.8%

経済[編集]

サムター郡は大半が田園部のままである。USDA/ジョージア農業統計局の2001年の数字では、綿花が主要作物であり、35,000エーカー (140 km2) で栽培されている。次に小麦、ピーナッツ、トウモロコシが来るが、その作付け面積の和は綿花とほぼ等しいくらいである。

主要雇用主としては、クーパー・ライティング、ジョージア南西州立大学、マグノリア・メナー、フォーブ・サムター医療センター、ウォルマートがある[4]

都市と町[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Quickfacts.census.gov - Sumter County - accessed 2011-12-06.
  2. ^ Quickfacts.census.gov - Americus, Georgia - accessed 2011-12-06.
  3. ^ Census 2010 U.S. Gazetteer Files: Counties”. United States Census. 2011年11月5日閲覧。
  4. ^ Sumter County at a Glance, The New Georgia Encyclopedia (citing the Georgia Department of Labor (2008)).

参考文献[編集]

  • John C. Inscoe, the University of Georgia, January 2, 2008, 703 New Georgia Encyclopedia
  • Jimmy Carter, An Hour Before Daylight: Memories of a Rural Boyhood (New York: Simon and Schuster, 2001).
  • Jack F. Cox, History of Sumter County, Georgia (Roswell, Ga.: W. H. Wolfe, 1983).
  • Freedomways: A Newsletter of the Prison and Jail Project (Americus, Ga.: Koinonia Partners, 1995– ).
  • William Marvel, Andersonville: The Last Depot (Chapel Hill: University of North Carolina Press, 1994).

外部リンク[編集]

座標: 北緯32度02分 西経84度12分 / 北緯32.04度 西経84.20度 / 32.04; -84.20