エイダ・ラブレス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

エイダ・ラブレス
エイダ・ラブレス
エイダ・ラブレス
エイダ・ラブレス

ラブレース伯爵夫人オーガスタ・エイダ・キング(Augusta Ada King, Countess of Lovelace, 1815年12月10日 - 1852年11月27日)は19世紀のイギリスの貴族の女性。結婚前の姓はバイロン。エイダは詩人ジョージ・バイロンの一人娘であり、数学を愛好した。エイダとして知られる。主にチャールズ・バベッジの考案した初期の汎用計算機である解析機関についての著作で知られている。

目次

[編集] 生涯

エイダは詩人ジョージ・バイロンとその妻アナベラ・ミルバンクの間にできた唯一人の嫡出子である。なお“オーガスタ”は、バイロンの姉(異母姉)オーガスタ・リーの名前からつけられている。彼女は子供の父親がバイロンではないかと噂されたが、それを払拭するためにバイロンに結婚を勧め、バイロンはしぶしぶアナベラを選んだといわれている。1816年1月16日、アナベラはバイロンと別れ、生後一ヶ月のエイダを連れて行った。4月21日、バイロンは離婚届にサインをして、数日後にはイギリスを離れた。その後、彼は二人に会うことはなかった。

エイダは母の元で育った。その容貌は傍目から見ても父親に似た美しさだったという。母であるバイロン夫人には教養があり、数学者ウィリアム・フレンドに数学を教わったこともあった。その影響でエイダも数学に高い興味を持ち、結婚後もそのことが彼女の人生を支配した。エイダは神経が繊細で、目標が達成できないと強いストレスによるノイローゼ症状を呈することがあった。母親が幼少期のエイダに数学の教育を受けさせたのは、その矯正の意味もあったとされている。彼女は何人かの家庭教師に数学と科学の手ほどきを受けた。そのうちのひとりはウィリアム・フレンドの娘婿であるド・モルガンである。

1835年に結婚した彼女の夫はウィリアム・キング男爵であり、後にラブレース伯爵となった。3人の子供をもうけている。

1833年6月5日、エイダは、友人で研究者でもあり科学的著作を残しているメアリー・サマーヴィルからチャールズ・バベッジを紹介された。その席には他に、ディヴィッド・ブリュースターチャールズ・ホイートストンチャールズ・ディケンズマイケル・ファラデーらがいた。そこでエイダはバベッジの階差機関の説明を聞き、強い興味を示した。数学をまじめに学び始めたのはこの後だとする説もある。いずれにしても、その後バベッジとは師弟関係が成立し、エイダはバベッジから多くの教えを受けた。

1842~1843年にかけての9ヶ月間にエイダは、バベッジがイタリアで解析機関について講演した際の記録をイタリア人数学者ルイジ・メナブレアが出版したものを(ホィートストン経由で)入手し、英語への翻訳を行った。その際に、バベッジの勧めもあって本文の二倍以上の分量の訳注を付けた。その中にはベルヌーイ数を求めるための解析機関用プログラムのコードが掲載されており、世界初のコンピュータプログラムと言われている。ただし、このプログラムはバベッジ自身が書き、エイダは単にバベッジのコーディングミス(バグ)を指摘しただけだというのが定説となっている。実際にバベッジがその訳注に載っているプログラムを全て書いたという証拠も見つかっている。彼女の文章はバベッジすら気づかなかった解析機関の可能性に言及している。

エイダ・ラブレスは子宮ガンを患い、36歳で死去した。直接の死因は医師が施した瀉血である。皮肉なことに彼女は父親と同じ年齢で亡くなっただけでなく、死因も父親と同じで、瀉血という間違った治療法が原因となったのである。彼女の娘 Lady Anne Blunt は中近東への旅行とアラブ馬のブリーダーとして有名となった。

エイダ自身の願いにより、彼女の遺体は父であるバイロンの隣に葬られた。

[編集] 位置づけについての論争

伝記作者たちはエイダは数学が不得意だったと指摘しており、エイダ・ラブレスがバベッジの機関のプログラムについて深く理解していたかについては議論がある。単に貴族が社会とのつながりを持つためにバベッジを利用しただけではないかという者もいる。ただし、最近ではエイダとバベッジの間で交わされた書簡によって、いくつかの事実も分かってきている。

  • エイダは、コサインが無限大になるというメナブレアの記述間違いに全く気づいていない。
  • 書簡の中でエイダは独自にプログラムを書いていて、独特のコーディングスタイルからバベッジが書いたものでないことは明らかである。
  • 躁鬱症状が書簡からも見て取れ、「自分は天才」と書いたものもあれば、ひどく落ち込んでいることもあり、判断がむずかしい。

情報工学の歴史においても、フェミニズム的にも、エイダ・ラブレスは特殊な地位を占めている。そのため、彼女の貢献がどれだけだったのかを現存の資料から断定することは難しい。

[編集] 豆知識

[編集] 外部リンク