ネヴィル・ブルワー=リットン

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獲得メダル
イギリスの旗 イギリス
ジュ・ド・ポーム
オリンピック
1908 ロンドン 個人

第3代リットン伯ネヴィル・スティーヴン・ブルワー=リットン: Neville Stephen Bulwer-Lytton, 3rd Earl of Lytton1879年2月6日 - 1951年2月9日)はイギリス画家

人物[編集]

祖父は小説家のエドワード・ブルワー=リットン、父はインドの総督を務めた初代リットン伯ロバート・ブルワー=リットン、兄はリットン調査団で知られるヴィクター・ブルワー=リットン

インドコルカタに生まれる。父親が在フランスイギリス大使として駐在したパリで少年時代を過ごし、ピエール・ボナールのもとで絵画を学んだ。イートン・カレッジおよびパリのエコール・デ・ボザールで教育を受け、1899年、詩人バイロンの曽孫でエイダ・ラブレスの孫にあたるジュディス・ブラントと結婚。ジュディスとの結婚生活は1923年に終わったがその間に一男二女を、その後再婚したサンドラ・フォルテルとの間にさらに一女をもうけた。

1900年から1940年まで画家として活動、主に肖像画を描き、イギリスやフランスで作品を発表した。初期作品には第一次世界大戦中に西部戦線ソンムの戦いに赴いた際に目にした、前線の兵士たちの姿や塹壕のある風景などのスケッチがある。

1904年、リアルテニスでイギリスにおけるアマチュア国内チャンピオンとなる。1908年、ロンドンで開催されたオリンピックジュ・ド・ポーム競技に出場、3位となった。

1947年、兄ヴィクターの爵位を継いで3代リットン伯となり、没後に息子のノエルがこれを継いだ。

参考文献[編集]

先代:
ヴィクター・ブルワー=リットン
リットン伯爵
3代: 1947 - 1951
次代:
ノエル・リットン