ウォーレ・ショインカ

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ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:1986年
受賞部門:ノーベル文学賞
受賞理由:「幅広い文化的視点と、詩的な響きによって、存在のドラマを創り上げたこと」

ウォーレ・ショインカWọlé Sóyinká, 1934年7月13日 - )は、ナイジェリアの詩人、劇作家。1959年発表の『ライオンと宝石』が処女作。アフリカ人としては初のノーベル文学賞受賞者(1986年)。『死と王の先導者』が代表作。 他に、小説、評論、演出、映画などのジャンルでも才能を発揮している。

何度か来日もしており、1995年11月13日には福岡市内のフォーラムで大江健三郎とも対談をしている。現在、ユネスコ親善大使に就任している。

来歴[編集]

ショインカはナイジェリア南西部のアベオクタヨルバ族の家族に生まれ、そこで初等教育を受ける。その後イバダンガバメント・カレッジ(Government College, 公立学校)での中等教育の後、1952年から1954年まではイバダン大学で、1954年から1957年まではイギリスリーズ大学で学び、英文学の学位を受けた。 その後、アフリカ演劇を学ぶためにナイジェリアに帰るまで、ロイヤル・コート・シアターで戯曲朗読者として働いた。国に帰って後は、ラゴスUniversity of Lagos)、イバダンイバダン大学)、およびイフェUniversity of Ife)で教鞭を執った。 1986年ノーベル文学賞受賞。

政治運動[編集]

ショインカはナイジェリアの政治史においても大きな役割を果たした。ビアフラ戦争初期の1967年には、ビアフラ側の制圧に乗り出した連邦政府をヒューマニズムの立場から非難し、そのため投獄される。国際的な注目が集まり、22ヵ月後には解放された。このときの経験は著書『The Man Died』に詳しく書かれている。 1997年3月サニ・アバチャ軍事政権に他の反政府活動家11人とともに、国家反逆罪で起訴された。

邦訳[編集]

  • 神話・文学・アフリカ世界 松田忠徳訳 彩流社 1992.10.

外部リンク[編集]