インペラトル

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インペラトルラテン語 imperator インペラートル)とは、古代ローマとくに共和政ローマにおけるローマ軍最高司令官将軍の称号、またはローマ帝国における皇帝あるいは帝権、王権のこと。あるいは皇帝もしくは帝権、王権保持者の称号。共和政期には対外戦争で成功を収めた軍事指導者の称号として使用された。字義的にはインペリウムを保持する者という意味で、平時における「最高命令権者」あるいは戦時における「最高司令官」のこと。

定義と特徴[編集]

アウグストゥス
彼は軍事的成功者に与えられる名誉的な称号であったインペラトルを異例にも個人名として使用した

インペラトルは本来的には命令権の所在を示す言葉で、初代皇帝アウグストゥス以降、皇帝(正確には元首であるプリンケプス princeps)の個人名に使われるようになった。このことから「アウグストゥス」「カエサル」などとともに最高権力者の肩書きとして認識されるようになった。たとえばおよそ120年ごろの成立とされるスエトニウスの『ローマ皇帝伝』では皇帝を指すのに、「プリンケプス」「カエサル」「インペラトル」と3通りに呼び、統一していない。

中国的な皇帝号との対応を考えると、もともと字義的に「絶対神」「主宰神」を意味する皇帝が基本的に一者であると理念されていたのに対し、インペラトルは同時に複数存在してもかまわないものであった。タキトゥスによれば、ティベリウス帝の治世までは皇帝以外にも何人かインペラトルの称号を許された例がある。これに従えば、徐々に元首の帯びる称号として固定されていったようである。

またインペリウムは字義通りには最高命令権であるが、重い権威も伴っていたことが指摘されている。一般にローマ人は権威を重視していたとされており、たとえばコンスルプラエトルなどの政局担当の最高責任者がインペリウムを帯びているとされていた。インペリウムはのちには最高命令権の対象としての被統治地域・民衆・政権としての「帝国」という意味合いをもった。

歴史的展開[編集]

初見としては、前209年にイベリア半島を制圧した大スキピオをインペラトルと叫ぶ歓呼が起こったとされているが、これは事実であるか疑われている。確実に確認されるのは前189年のルキウス・アエミリウス・パウルス・マケドニクスがインペラトルの称号を告示されている例である。

ポンペイウスがインペラトルと歓呼された事実を強調し、回数を重視するようになったという。一般には対外戦争に勝って凱旋式を行うことにより、インペラトルと歓呼された。帝政成立前の内乱期にはインペラトルは軍事指揮権と密接に関係していた。ユリウス・カエサルディクタトルとなりローマ軍の最高指揮権を単独で握るようになると、「インペラトル」を個人名として使った。アウグストゥスも「インペラトル」を個人名として使用したが、アウグストゥス以降の初期プリンケプスたちの場合はどちらかといえばカエサルとの個人的な血縁関係を示す「カエサル」号のほうが重要性が高いものだったと思われる。なぜならティベリウスカリグラクラウディウスは「カエサル」と名乗ったが、「インペラトル」を名乗っていない。ネロの時に「インペラトル」号は不完全ながら復活し、ウェスパシアヌス以降皇帝名の先頭におくようになった。インペラトルはプリンケプスの称号として定着し、皇帝を意味するにふさわしいものとなっていった。東ローマ帝国時代に入ってギリシア語が公用語となってからは、ギリシア語で同じ意味を持つ「アウトクラトールαυτοκράτωρ)」が皇帝の称号として使用されている。

「インペラトル」は「カエサル」とともに、西欧語の「皇帝」を意味する言葉の語源であり、同じくローマ帝国時代に皇帝を指した「アウグストゥス」の語の影響がほとんど残っていないのと比べると対照的である。

しかし歴史学においてはインペラトルの称号から直接ローマ皇帝の君主としての性格を論じるよりも、元首政初期のアウグストゥスとその後継者の位置から論じるものがおおく、インペラトルについても元首政期のローマ皇帝が包含していた多様な属性の一つであるという見方が一般的である。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 樺山紘一ほか編 『岩波講座世界歴史5 帝国と支配』 岩波書店、1998年。
  • スエトニウス 『ローマ皇帝伝』 国原吉之助訳、岩波文庫、1986年。
  • 村川堅太郎ほか 『ギリシア・ローマの盛衰』 講談社学術文庫、1993年。
  • 弓削達伊藤貞夫編 『ギリシアとローマ 古典古代の比較史的考察』 河出書房新社、1988年。
  • 南川高志 『ローマ皇帝とその時代』 創文社、1995年。
  • 長谷川博隆 『古代ローマの政治と社会』 名古屋大学出版会、2001年。
  • M.ロストフツェフ 『ローマ帝国社会経済史』 坂口明訳、東洋経済新報社、2001年。
  • E.マイヤー 『ローマ人の国家と国家思想』 鈴木一州訳、岩波書店、1978年。