アネクドート

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アネクドートанекдо́т、anekdot)とは、ロシア語では滑稽な小話全般を指すが、日本ではそのうち特に旧ソ連で発達した政治風刺の小話を指して用いられることが多い。本来この言葉はギリシャ語のアネクドトン(ανέκδοτον)に由来し「公にされなかったもの」の意を表した[1]。同根の言葉である英語のアネクドート(anecdote)や、多くの言語での対応する言葉は逸話の意味で用いられている。この記事ではソ連時代を主としたロシアの政治的な小話について取り扱う。

目次

概要 [編集]

専制的なロシア帝国時代から、ロシアにおいて政治風刺を口にすることは危険なものだと考えられてきた。旧ソ連時代には、公的に発行されていた風刺雑誌『クロコジール』(『クラカジール』とも。КрокодилKrokodil)で当時の政治的出来事を風刺することが少なからず認められていたものの、個人でそれを行うことはそのほとんどの時期を通じてやはり非常に際どいものであった。そうした抑圧的環境にもかかわらず、あるいはむしろそれゆえロシアにおけるユーモアは開放感をもつ文化として、またエリート層に対する対抗と冷やかしの手段として花開くこととなった。例えば、1970年代から1980年代初頭にかけてブレジネフのソ連停滞期には、比較的平和で政治的に安定した環境にあったため、むしろ鋭い政治的ウィットが世の中の至らなさへと向けられた。1990年代に専制的な支配体制が終わりを迎えるとともに、逆に政治風刺の衰退が西欧化の徴として惜しまれることになった。共産党支配の終焉後に現れた犯罪者まがいのビジネスマンのような新たなロシアの顔は、別の風刺の形を作り出している。

こうしたロシアの笑いにおいて最も一般的な形式が、「落ち」をもった小話であるアネクドートである。典型的なアネクドートは固定化された設定とお馴染みの登場人物をもった一連のカテゴリーからなっており、意外さの効果は言葉の上でのプロットや役割の無限のバラエティーによって担われていた。

政治的アネクドートがロシア内の人々の不満のはけ口となった一方、冷戦時代の西側ではこうした政治的アネクドート自体が政治的価値をもち、ソ連のイデオロギーの退廃を示すものとして広められた。さらにアネクドートとして紹介されるもののなかには、実際にはソ連生まれのもののみでなく外国生まれのものもある。日本では1970年代の読売新聞が、アネクドートをよく紹介していた。

様々な政治的アネクドート [編集]

ソ連時代のロシア刑法58条では反ソビエト的プロパガンダには最高で死刑を適用できた。政治的アネクドートを口にすることは、旧ソ連の人々にとって一種の危険なスポーツのようなものとみなされていた。

  • モスクワの街頭にて。「今度『プラウダ』が懸賞つきで政治ジョークを募集するらしいぜ。」「へえ、一等賞はなんだい?」「シベリア送りさ。」
  • 判事が頭を抱えて笑い転げながら法廷から出てきた。同僚の判事が寄ってきて一体何がそんなに可笑しいのかと尋ねた。「今世界で一番おかしなアネクドートを聞いたからさ。」「へえ、どんな話なのか教えてくれよ。」同僚の判事が聞いた。「それは無理だね。だって、たった今それを言ったやつに10年の刑を喰らわせてきたところだもの。」

共産主義に関するもの [編集]

マルクス・レーニン主義の理論によれば、共産主義とは社会主義の段階を経て達成される社会発展の最終段階であるユートピアを意味していた。ブレジネフはソ連が共産主義を構築しようと邁進している発達した社会主義の段階にあると規定していた。

  • 「共産主義が実現すれば電話で食べ物が注文できるようになるって本当?」「ああ、もちろん。そしてテレビで注文した料理を見て楽しめるようになるよ。」
  • 老いた古参のボリシェビキがもう一人に話しかけた、「ああ友よ、我々は共産主義の実現まで生きてはいまい。しかし我々の子供たちなら… ああ、なんとかわいそうな子供たちよ。」
  • 資本主義国と社会主義国のおとぎ話の違い。資本主義国では「むかしむかしある所に、…」で始まるが、社会主義国では「やがて、いつかは、…」で始まる。
  • コルホーズの議長が共産主義になれば腹一杯食事を取ることができると演説していた。すると、1人のコルホーズ員が「我々は共産主義へ向かって進んでいるのになぜ、食料が不足しているのか?」と尋ねた。するとコルホーズの議長は次のように答えた。「行軍中は食事をするものではない。」
  • 「共産主義社会になれば、秘密警察もなくなるのですか?」「ご存知のように、共産主義社会では国家はその抑圧手段とともに廃止されます。その段階では、人民はどのようにして『自己逮捕』するか知るようになるのです。」
    ロシア革命後、富農と認定された農民からは通常の倍の徴税を「自主的」に行わせる「自己徴税」の制度があった。
  • 宇宙から帰還したガガーリンの歓迎パーティにロシア正教モスクワ総主教アレクシイ1世が列席しており、ガガーリンに尋ねた。「宇宙を飛んでいたとき、神の姿を見ただろうか?」「見えませんでした。」「わが息子よ、神の姿が見えなかったことは自分の胸だけに収めておくように。」しばらくしてフルシチョフがガガーリンに同じことを尋ねた。総主教との約束を思い出したガガーリンはさきほどとは違うことを答えた。「見えました。」「同志よ、神の姿が見えたことは誰にもいわないように。」
    共産主義では神の存在を否定している事を皮肉っている。ちなみにこのアネクドートは当のガガーリン自身が好んで、よく語っていたと言われる。
  • 民主主義社会民主主義の違いは? ほとんど同じである。両者は椅子と電気椅子くらいしか違わない。
  • 「歯が32本で足が4本、それってなーんだ?」それはワニである。「歯が4本で足が32本、それってなーんだ?」それはソ連共産党中央委員会である。

共産党の掲げるさまざまなスローガンは格好のネタとなった。

  • レーニンは死んだ。しかし彼の事業は生きている。』「逆の方がよかったなあ。」
  • 『レーニンは死んだ。しかし彼の事業は生きている。』「偶然だなあ、『ブレジネフは死んだが、彼の体は生きている。』。」
    事業(дело・delo)と体(тело・telo)が韻を踏んでいる。
  • 『共産主義とは、ソビエトの権力、プラス、全国土の電化である。』「したがって、ソビエトの権力=共産主義-全国土の電化、かつ、全国土の電化=共産主義-ソビエトの権力、が成り立つ。」
    レーニンが、共産党と農工業の近代化によって共産主義に到達することを説明するために掲げたスローガンには誰でも知っている数学的な真理が適用された。
  • 「勝利から勝利へと導く!」、頭を取ると「災難から災難へと導く!」
    「勝利から勝利へと導く!」はスターリン体制下のソ連国歌のサビ“Пусти от победы к победе ведет!”(Pusti ot pobedy k pobede vedet!)である。“победа”(pobeda)=「勝利」は頭の“по”(po)を取ると“беда”(beda)=「災難」になる。

アルメニア・ラジオ [編集]

架空の放送局アルメニア・ラジオあるいはラジオ・エレバンは、どんな質問であろうとちゃんと答えてくれ、ソ連式の言論の自由を示していた。

  • 「ソ連にもアメリカのような言論の自由があるって本当ですか?」「ええ、原則としてその通りです。ワシントンD.C.ホワイトハウスの前で『くたばれ、レーガン!』って叫んでも罰せられないのと全く同じように、モスクワ赤の広場の前で『くたばれ、レーガン!』って叫んでも罰せられません。」
  • 「科学者のアンバルツミアンが公営宝くじでヴォルガ車を当てたって本当?」「ええ、そうです。ただ、彼は科学者ではなくて警備員です。それに、名前はアンバルツミアンではなくてラビノヴィッチですね。あと、車ではなくて100ルーブルでした。それから、宝くじではなくてカードゲームでしたが。ただし、勝ったのではなくて負けました。しかし、その他の点ではあなたの言うとおりです。」

強制労働キャンプに関するもの [編集]

スターリンの時代、強制労働キャンプの数は増え続け、1950年代の初めには170万人が収容されていた。

  • アブラモヴィッチは5年の刑を宣告され、10年間服役し、幸運にも刑期を残して釈放された。
  • アルメニア・ラジオに聞いた、「我々の労働キャンプの環境はすばらしいって本当?」「本当です。5年前に同じことを聞いたリスナーがいましたが、それを調べるためにキャンプに送られました。まだ戻ってきていませんが、そこがとても気に入ったからだそうです。」
  • とある強制収容所の大部屋に3人の男が収監されていた。1人目の男はの幹部ポポフ氏を批判したかどで投獄され、2人目はポポフ氏を弁護したために投獄されていた。3人目は当のポポフ氏だった。

政治家に関するもの [編集]

政治家に関するアネクドートはそれぞれの性格を強調して描き出している。

  • レーニンとスターリンフルシチョフブレジネフが一緒に列車で旅に出た。すると突然、列車は止まってしまった。レーニンは提案した、「おそらく、労働者と農民が問題を解決するようスボートニク(休日返上の勤労奉仕日)を呼びかけるべきだな。」スターリンは窓から頭を突き出して叫んだ、「運転士が列車を動かさないなら、処刑してしまえ!」フルシチョフも叫んだ、「列車の後ろの線路を取り去って、前の線路を作るのに使いなさい!」しかしそれでも一向に列車は動き出そうとはしなかった。最後にブレジネフが言った、「まあまあ同志のみなさん。カーテンをしめて、レコードでも聴きましょう。列車が動いていると思えるように。」
    さらに、ゴルバチョフが「線路がない!線路がないよ!」と叫ぶバージョン、更にエリツィンが列車を破壊するバージョンがある。
  • ある日薄汚れた身なりの男が文具店を訪れレーニンとスターリンの肖像画を10枚ずつ買っていった。一週間後同じ男が幾らかこざっぱりした身なりで訪れ今度は100枚ずつ買っていった。更に一週間後にはスーツを着こなした同じ男が今度は1000枚ずつ買っていった。そのまた一週間後外車で乗りつけ10000枚ずつ発注した男に店の主人がとうとう尋ねた。「この一ヶ月で肖像画を一体何に使ったんです?」男曰く「射的屋を開業したのさ。」

レーニン [編集]

ウラジーミル・イリイチ・レーニンは、やさしく、子供好きで、分かち合いの精神を持ち、優しい目をしているなどのプロパガンダによって定着していたイメージをからかわれた。しばしば、革命政府のあったスモリヌイ学院 (Смольный институт・Smolnyi institut、Smolny institute) で、秘密警察の長官ジェルジンスキーや農民の代表と会話する偽善的でずるい人物として登場した。

  • 内戦の飢饉のころ、農民の代表が請願書を届けようとスモリヌイにやってきた。農民のひとりが訴えた、「我々はもはやのように草さえ口にしています。」レーニンは励ますように言った。「大丈夫、何も心配することはないんだよ!我々もここで蜂蜜入りの紅茶を飲んでいるけど、別にのようにブンブン音を立ててはいないだろ。」
  • 学校の教師が生徒たちを公園へと連れ出した。そこで彼らは子供の野ウサギを捕まえた。都会生まれの子供たちは誰もそれまでウサギを見たことがなかった。教師が尋ねた「これが何か知っている人?」しかし誰も答えなかった。「どうしたの?みんな、ほら歌にもでてくるし、いつも読んでる詩やお話にも出てくるでしょう。」「そっか、わかった!」ひとりの生徒がやさしくウサギの頭を叩きながら言った。「これがレーニンおじいさんだ。」
    レーニンについてのプロパガンダが、あらゆるところに浸透していた事を皮肉っている。
  • 「レーニンは政治家だろうか、学者だろうか?」「政治家だね。学者なら、人間でやる前に実験しただろうから」
    レーニンは「政治家」ではなく「学者」であるとされ、「政治家」扱いは禁じられていた。
  • レーニンが死んであの世に行った。神と悪魔が話し合ったが、彼を天国と地獄のどちらへ送ればいいものか決められない。そこでテスト期間として、1年ずつ地獄と天国に入れてみることになり、レーニンはまず地獄へ行った。1年後に神と悪魔が再び会った。神「様子はどうかね」 悪魔「悪くない、彼は小悪魔たちを組織してピオネールを立ち上げたよ」 レーニンは次に天国へ行ったが、1年経っても音沙汰がない。悪魔が天国の様子を見に行くと、神が難しい顔をして何やら書き物をしている。悪魔「どうしたんだね」 神「邪魔しないでくれ、第1回党大会の準備をしているんだ」

スターリン [編集]

ヨシフ・スターリンは気難い人物とされ、それを皮肉ったブラック・ユーモアが多い。

  • 「同志スターリン!この男はあなたにそっくりであります!」「撃ち殺せ!」「おそらく、ひげを剃ってしまえばいいのではないでしょうか。」「いい考えだ!ひげを剃って撃ち殺せ!」
  • スターリンは党大会で報告を読み上げていた。そのとき誰かがくしゃみをした。「誰だ、くしゃみをしたのは?」(沈黙)「第一列!立て!撃ち殺せ!」(拍手)「誰だ、くしゃみをしたのは?」(沈黙)「第二列!立て!撃ち殺せ!」(長い長い拍手)「誰だ、くしゃみをしたのは?」(沈黙)…そして背後から落胆しきったすすり泣く声がした、「わたしです。」スターリンは身を乗り出して言った、「お大事に、同志!」
  • スターリンが船遊びをしていて、川に落ちて溺れた。そこをたまたま通りかかった農民が助けた。スターリンは助けてくれた御礼として農民に褒美をやることにした。スターリン「何かして欲しい事はあるか?」、農民「へい、私が閣下を助けたことを内緒にしてくださいまし。」
    このジョークには、ヒトラーがユダヤ人に助けられるというバージョンもある。
  • スターリンが死んだとき。フルシチョフら党幹部たちは彼をどこに埋葬すればいいか悩んだという。なるべく遠くに葬りたかったのだ。でもどこの国も遺体の埋葬を引き受けようとはしなかった。困りきっていたところ、イスラエルから「建国に際し干渉しなかった恩があるので引き受けよう」との申し出があったが、フルシチョフはこれに対して丁重に断った。訳を聞かれると、フルシチョフはこう答えた。「だって彼の地では以前一人復活しているじゃないか。」

フルシチョフ [編集]

ニキータ・フルシチョフの話はしばしば彼が試みた経済改革について触れていた。特に彼はとうもろこしを導入したことから「とうもろこし男」 (кукурузник・kukuruznik) と呼ばれてさえいた。農業政策の失敗や、都市開発、米ソ関係の悪化、20年で共産主義を実現するといった約束、あるいは単にはげていることや下品さ、女たらしであることなどをからかわれた。

  • スターリン批判を行ったフルシチョフが、演説の最後に「何か質問はないか?」と言うと、後ろの方からおずおずと声がした。「では、お尋ねしますが、その時あなたは何をしていたのでしょうか?」フルシチョフは真っ赤になってテーブルを叩いた。「誰だ、今の発言は?」会場はシーンとなり、誰も名乗り出なかった。フルシチョフはさらに大声を張り上げて怒鳴った。「質問したのは誰だ!」しばらくの沈黙の後、フルシチョフは一同をジロリと眺め回して言った。「そう、君たちと同様こんなふうに沈黙していたのだよ。」
  • フルシチョフはなぜ失脚したのか?それは7つのК(K、カー)のせいだ。個人崇拝(Культ личности・Kul't lichnosti)、共産主義 (Коммунизм・Kommunizm) 、中国(Китай・Kitai) 、キューバ危機 (Карибский Кризис・Karibskii Krizis) 、とうもろこし (Кукуруза・Kukuruza) 、そしてクージカ(Кузька・Kuz'ka) のお母さん。
    ロシア語で「クージカの母親を見せてやる」とは「ひどい目にあわせてやる」(英語:“We will bury you.”)の意味があり、フルシチョフは西側の大使の前でこの言葉を用いたとされたため外交問題となった。クージカとは人名クジマーの愛称であるとともに、コガネムシ科の昆虫の名前でもあり、冬季は深い穴を掘らないとこの虫を見つけ出すことができない。
  • 「ソ連で最も偉大なマジシャンは誰だろう?」「フルシチョフさ、彼は中央アジアのカザフに種をまいて、カナダサスカチュワンで収穫したのだもの。」
    農業政策の失敗から北米から小麦を輸入せざるを得なくなったことを指している。
  • フルシチョフが養豚場を訪問した際のプラウダ紙の記事より「写真:とフルシチョフ(右から2番目)」
  • フルシチョフがコルホーズを訪問した。同志フルシチョフは、いつものように陽気な冗談交じりで話しかけた。「どうだい、君んとこは?」コルホーズの農民たちも、陽気な冗談で答えた。「大変上手くいってますよ!」

ブレジネフ [編集]

レオニート・イリイチ・ブレジネフは、愚かでぼけた誇大妄想を抱いている人物として描かれた。また、勲章を多数胸につけるのを好んだこともよく皮肉られた。

  • 1980年のモスクワオリンピックでブレジネフが演説を始めた。“O!”(拍手)“O!”(大きな拍手)“O!”(さらに大きな拍手)“O!”(立ち上がって拍手喝采)“O!!!”(総立ちの鳴り止まない拍手喝采)。側近が演壇に駆け寄ってささやいた。「レオニート・イリイチ、それはオリンピックの旗です。読む必要はありません。」
  • 「レオニート・イリイチ…!」「おいおい、お互い同志の間柄でそんなにかしこまらなくてもよい。単に『イリイチ』と呼んでくれ。」(ロシアでは名前と父称で呼ぶのは丁寧な呼びかけにあたる。そして、単にイリイチだけの場合はふつうレーニンを指した)
  • 「レオニート・イリイチは手術中です。」「また心臓か?」「いえ、胸郭を拡大する手術です。もうひとつ金星勲章 (Золотая Звезда・Zolotaya Zvezda、Gold Star) がつけられるように」。
  • 政府が当該の委員会に尋ねた。「先ほどの地震の震源地はどこか?」「洋服掛けの下です。ブレジネフのパレード用の軍服が落ちたのです。」
  • ブレジネフは母親に自分が偉くなったところを見せて喜んでもらおうと、母親をモスクワへ呼んだ。豪華な執務室・幹部用住宅・幹部用別荘などを連れ回すうちにだんだん母親の顔が暗くなっていくのでわけを聞いたブレジネフに母親曰く、「お前が偉くなってくれたのは確かにうれしいよ。でもレオニードや、赤軍が攻めてきたらどうするんだい?」
  • ブレジネフが誘拐されて誘拐犯から電話があった。「100万ドル払え。さもないとブレジネフを生かして帰すぞ。」
  • ブレシネフはスピーチ・ライターに怒鳴った、「私は15分の原稿を依頼したのだぞ!なぜこれを読むのに1時間もかかってしまったのだ?」「いえ、同志ブレジネフ、原稿は確かに15分のものでした。」ライターは答えた、「ただ同志がコピーを4つ読まれたのです。」
  • ブレジネフは空港にサッチャー首相を出迎え、原稿を読み始めた。「親愛にして深く尊敬すべきインディラ・ガンディー殿!」補佐官が耳打ちした、「レオニード・イリイチ、マーガレット・サッチャーです。」が、再び書記長はメガネを直しながらもぐもぐ読み始めた。「親愛にして深く尊敬すべきインディラ・ガンディー殿!」補佐官は真っ青になり、もう一度ブレジネフに直させようとした…。「マーガレット・サッチャーだということはわかっているよ。だが、ここにはこう書いてあるんだ。インディラ・ガンディーとな!?」
  • 赤の広場で、酔っ払いが、「ブレジネフはバカだ!」と叫んでいた。すぐにKGBがやって来て、酔っ払いを逮捕し、懲役22年を言い渡した。国家侮辱罪で2年、国家機密漏洩罪で20年(「スターリンの馬鹿野郎!」の場合もあるが、罪状は同じ。なお、1989年中国共産党総書記趙紫陽が解任された理由の一つは、訪中したゴルバチョフに「最終決定は鄧小平にある」と明かしたためとされる)。
  • ブレジネフと、コスイギン首相の間で、海外脱出する国民が増えている問題が話題になった。「このままでは、ソ連に残る者は、我々2人だけになってしまうよ。」とブレジネフは述べた。首相は答えた。「2人って、閣下と誰のことですか?」
  • イタリアの女優ソフィア・ローレンがブレジネフを表敬訪問した。「君の願いなら何でも叶えてあげようじゃないか。」「じゃあ、亡命したい方は無条件でさせてあげてくださいませんか?」「おいおい、もしかして君は僕と二人きりになりたいのかい?」
  • 電話が鳴ったのでブレジネフが受話器を上げた、「もしもし、親愛なるレオニート・イリイチだ…。」
    ソ連の演説の決まり文句「親愛なるレオニート・イリイチ」を皮肉っている。
  • ある朝ブレジネフが目を覚ますと、東の空に昇ったばかりの太陽が「これはこれは、親愛なるレオニート・イリイチ、おはようございます」と恭しく挨拶した。驚いたブレジネフは側近や幹部に話したがさすがに信じる者は少なかった。そこでブレジネフは日没の際にまた挨拶するだろうと考え全員を呼び集めておいたが、太陽は知らん顔で沈もうとしていた。「おい、朝のあの恭しさはどうしたんだ!?」と怒鳴るブレジネフに太陽はやっと答えた。「貴様なんぞクソでも食らえだ、俺様は今『西側』にいるんだぞ!」
    旧東側諸国では、このアネクドートのブレジネフをそれぞれの国のトップに置き換えたバージョンが存在した。

アンドロポフ/チェルネンコ [編集]

短期に終わったアンドロポフチェルネンコの時代には、人々はクレムリンで行われている棺桶の担ぎ順レースを興味深くながめた。アネクドートに登場する定番のキャラクターであるラビノヴィッチは年会費を支払ったので、葬儀に出席するチケットを買わずに済んだと言っている。

  • 「権力の継承におけるツァーリズム社会主義の違いは何か?」「ツァーリズムでは権力は父から息子に継承されるが、社会主義ではおじいさんからおじいさんに継承される。」
  • 死んだアンドロポフが、あの世でブレジネフに会った。「やあ、アンドロポフ君、しばらく。ところで、わしが机の上に忘れたメガネを持ってきてくれたかね?」「すみません、忘れました。でも、もうすぐチェルネンコが持ってきてくれますよ。」

ゴルバチョフ [編集]

ミハイル・ゴルバチョフは、しばしば南ロシア訛りをからかわれたが、ペレストロイカの時代には、次々に出されるスローガンと効果のない改革、頭のアザ、ライサ・ゴルバチョワがどこにでも首を突っ込むこと、米ソ関係がよく取り上げられた。

  • (ペレストロイカの当時のレストランにて)「なぜ、このミートボールは四角いのかね?」「ペレストロイカ(建て直し)!」「それに、生焼けじゃないか?」「ウスカレーニエ(加速化)!」「かじった跡があるぞ?」「ガスプリヨームカ(国家品質承認)!」「君はなぜそんなずうずうしいしゃべり方をするのかね?」「グラスノスチ(情報公開)!」
  • (ゴルバチョフ政権当時のモスクワの酒屋の前にて)「一体どうしてあの男はウォッカの販売を禁止したんだ!ゴルバチョフを殴ってくる!」と酒屋に並ぶ行列から一人の男がゴルバチョフの所へ向かった。しかし暫くしてその男は戻ってきた。別の男が「一体どうしたんだ?」と聞くと「この店の行列よりゴルバチョフを殴ろうとする奴の行列が長かった」と言った。
    ゴルバチョフは生産性向上のためにソ連版の「禁酒法」を施行したため国民から大きな反発を受けた。
  • (女性秘書と執務室で)「君と一緒だと仕事が上手く進むんだ。喜ばしいから今日はウォッカで乾杯しようじゃないか!」「お酒を飲んではマズイわ…」「じゃ、裸で『肉体的友好』を図ろうじゃないか!」「いいわよ!」(二人は下着姿に。秘書があわててドアを閉めようとする)「あ、ドアは開けておきなさいよ。中で酒を飲んでいると思われたら困るから」

エリツィン/プーチン [編集]

ソ連崩壊以後の政治家に関して、ボリス・エリツィンの話は多くがブレジネフと共通していた。ウラジーミル・プーチンに関しては主に彼がKGB出身であることが取り上げられている。

  • 「もう聞いたかい? プーチンはインフレを押し留めるように政府に指示したそうだよ。」「それは正確じゃないな。彼はインフレを押し留めたあと、投獄するよう指示したんだよ。」
    ロシア語のザジェールジヴァチ (задерживать・zaderzhivat') には、押し留めるという意味だけでなく拘束するという意味もある。
  • プーチンの夢枕にスターリンの幽霊が立った。そこでプーチンは、国政をうまく進めるための秘訣を聞いてみた。スターリン「まず民主主義者どもを全員捕まえ、撃ち殺してしまえ。その次に、クレムリンの内側を青く塗りたまえ」 プーチン「クレムリンの内側を青く塗るのは一体どうしてでしょうか」 スターリン「ふむ、思った通りだ、一つ目の項目については質問が出なかったな」
  • コール独首相が神に尋ねた。「神よ、ドイツ経済はいつ良くなりますか。」神は答えた。「あなたの任期中に良くなる。」ニクソン米大統領が神に尋ねた。「神よ、アメリカ経済はいつ良くなりますか。」神は答えた。「あなたの任期中には無理だ。」最後にエリツィン露大統領が神に尋ねた。「神よ、ロシアの経済はいつ良くなりますか」。神は答えた。「私の任期中には無理だ。」
  • 大統領選挙前、チュコト半島のチュクチ人のもとへモスクワから無償で人道援助物資が届けられた。中身は、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、肉の缶詰だった。
チュクチ人はラジオをつけてみた。そこではプーチンが話していた。
チュクチ人はテレビをつけてみた。そこにはプーチンが出演していた。
チュクチ人は新聞を開いてみた。そこには、ページごとにプーチンの顔写真があった。雑誌を開いても――同じだった。
チュクチ人は動揺に震えた。缶詰を開けるのが恐ろしかったのだ。
  • クリントン大統領がロシアを訪問した時、エリツィン大統領がロシア最新鋭の電話システムを披露した。それは地獄と直通で通話できるシステムで、クリントンは地獄の鬼と会話した。通話料金は1ルーブルであった。アメリカに戻ったクリントンは直ちに地獄との通話システムを開発させたがその通話料金には100ドルもかかった。クリントンは「どうしてこんなに高いのか?モスクワでは1ルーブルなのに。」部下は答えた「はい大統領、モスクワから地獄まで接続は市内料金なので。」
  • エリツィンの息子が父親に尋ねた。「父ちゃん、お酒に酔うってどんな感じなの?」 エリツィン「簡単な例で言うとだな、そこのテーブルにある二つのグラスが四つに見えるような状態ってところだ」 息子「父ちゃん…テーブルにはグラス一つしかないんだけど…」 

ただしエリツィンの場合、ソ連最末期には急進改革派の象徴として英雄視されていたため好意的なものもある。

  • ある日人民代議員大会開会中の議場に機関銃を持った男が乱入し、「ボリス・エリツィンはどいつだ!?」と怒鳴った。代議員達が蒼白になり一斉にエリツィンを指差すと、確認した男は安全装置を外しながら叫んだ。「よし、エリツィン、伏せてろ!!」

秘密警察 [編集]

KGBについてのアネクドートはトラの尾を引っ張ってみるような行いだとみなされていた。

  • チェーカー長官フェリックス・ジェルジンスキーは大の子供好きであった。彼の母親はこう証言する。「若い頃のフェリックスは本当に子供が好きで、すぐに射殺したりしませんでしたわ。」
  • スターリンがベリヤを呼び付けていった。「ワシの腕時計が見つからん。誰かが盗んだに違いない。すぐに犯人を捜し出せ。」「分かりました、同志スターリン。」その後、腕時計はスターリンの机の中から出てきた。「もういいよベリヤ、腕時計は見つかった。」「遅すぎます同志。すでに20人の容疑者を逮捕しましたが、全員が犯行を自白しています。」
  • 天国の門に、死んだスターリンがやってきた。「私を天国に入れて下さい。」「それはできん。お前の行くところは地獄と決まっておる。」スターリンはとぼとぼと地獄へと立ち去った。やがてベリヤたちも同じように天国の門まで来たが、同じように地獄へと追い返された。しばらくして天国の門に、鬼の一団がやってきた。門番は驚いた。「一体あなた方は何をしに来たのです!?」鬼は言った。「我々は地獄から亡命してきたのです。」
    秘密警察長官のベリヤがスターリンより権力があり、かつ冷酷であることを示すジョークである。
  • 秘密警察がその暗い陰をおとしていたころ。深夜アパートのドアが激しくたたかれた。住人は息を潜め、誰も出ようとしなかった。しかしドアはたたかれ続けた。ついにあきらめた一人がドアを開けた。次の瞬間、彼は喜びの表情をいっぱいにして振り返り大声で叫んだ。「みんな喜べ、隣の建物が火事だそうだ。」
  • KGBの職員2人が世間話をしていた。「なあ、正直今の政権についてどう思う?」「まあ率直に言えば君と同じ感想だ。」「そうか。悪いが同志、君を逮捕する。」
  • KGBの職員が通り過がりの通行人に話しかけた。「あなたの政治的な立場はどんなものですか?」「はあ、私が考えるに...」「それで結構、あなたを逮捕します」
    自由意思を持つことすら取り締まりの対象になるというブラックジョーク。
  • ホテルの相部屋に4人の初対面の男たちが泊まった。3人はすぐに打ち解け、ウォッカのボトルを空けて酔っ払い、騒がしく歌ったり政治的な笑い話を言い合ったりしていた。4人目は何とか必死で寝ようとしていたが、とうとう頭にきてこっそりと部屋を抜け出した。男は階下で案内係に「67号室にお茶を10分後に届けてくれ」と頼むと、部屋に戻ってパーティーに加わった。5分後、前かがみになって何食わぬ顔で彼は灰皿に向かって話しかけた「同志少佐、67号室にお茶をお願いします。」しばらくすると件の案内係がお茶を持って入ってきた。部屋はしんとして、パーティーはお開きになった。こうして男はゆっくり眠ることができた。翌日、目覚めてみると部屋には自分ひとりしかいなかった。驚いて再び案内係に尋ねた、「他の人たちはどこに行ったのかね?」「ああ、KGBに逮捕されました。」「し、しかし、私はどうして…?」恐怖におののいて男は尋ねた。「ええ、彼らはあなたはそのままにしておくと決めたそうです。同志少佐がお茶のアネクドートでとても笑わせてもらったからって。」
    商業施設の灰皿や電話の受話器には必ずと言っていいほど盗聴器が仕掛けられていることを示している。
  • ソ連のKGBとフランスのGIGNとアメリカのCIAは誰が一番犯人を捕まえるのがうまいか証明しようとしていた。国連の事務総長は彼らをテストすることにした。彼は森に1匹のウサギを放つと、それを捕まえてくるよう各々に指示した。CIAは、動物の情報提供者を森じゅうに配置した。さらに、植物や鉱物の目撃者に尋ねて回った。そうして3ヶ月に渡る徹底的な調査が終了した後、彼らはウサギは存在しないという結論を下した。GIGNは2週間捜索し、成果が得られないとみると森に火をつけウサギもろともみんな殺してしまった。彼らは謝りもせず、ウサギに責任があると言った。KGBは2時間ほど森に入っていたかと思うと、ひどく痛めつけられたクマを連れてきた。クマはうめいていた、「そうだよ、そうだよ、俺はウサギだよ、ウサギだよ。」
  • アメリカのCIAとソ連のKGB、それに東ドイツのシュタージが、洞窟の奥に横たわる骸骨がどのくらい古いものかを当てることになった。最初にCIA職員が洞窟へ入り、5時間後に出てきて審判に報告した。CIA職員「この骸骨は84万年前のものです」 審判「かなり正確な答えだが、どうして分かったのか?」 CIA職員「化学的な手法を用いました、詳細は企業秘密でして」 次にKGB職員が洞窟へ入り、10時間後に出てきた。KGB職員「こいつは84万5000年前のものです」 審判「さらに正確な答えだが、どうして分かったのか?」 KGB職員「同志スターリンは生物学にも秀でておりますが、詳細は企業秘密でして」 最後にシュタージ職員が洞窟に入ったが、いつまで経っても出てこない。やっと25時間後に戻ってきた彼の髪は乱れ、服は穴だらけ、汗が垂れる体は傷だらけになっていた。シュタージ職員「あいつは84万5792年前のものです」この答えに審判は開いた口がふさがらなかった。審判「寸分の違いもない正解だ。いったいどうして分かったのか?」 シュタージ職員「本人が自白しました」

日常生活 [編集]

ソ連の政治体制や社会主義体制下での市民生活に関するもの。

  • 「新聞とテレビじゃどっちが便利だろう?」「そりゃ、もちろん新聞さ。テレビじゃセリョートカ(селёдка・selyodka)(ウォッカの肴として定番の塩漬けのニシン)をくるめないだろ。」
  • 汚れたトイレットペーパーを束にしてかついでいる老女がいた。「そんなものどうするんです?」「洗ってもう一回使うんだよ。」
  • 男が彼の新しいアパートを友人たちに案内していた。友人のひとりが尋ねた、「なぜ時計がひとつもないんだい?」男は答えた、「そんなことないよ、ひとつしゃべる時計があるんだぜ。」「え、どこに?」男は金づちを取り上げるとそれで壁を叩いた。すると壁の反対側から怒鳴る声がした、「午前2時だよ!こんな時間にを打つなんてどういうつもりだい、ろくでなしめ!」
  • ソ連空軍の戦闘機で、翼が根元から折れる事故が続出した。それで、翼の根元にミシン目を入れたところ、事故はぴったりなくなった。
    ソ連製のトイレットペーパーの品質が悪く、ミシン目の部分で奇麗に切れないことを皮肉ったジョーク。
  • 二人の酔いどれが爆弾について話していた。「原爆ってどんな爆弾だろう?」「俺もお前もウォッカもなくなる代物さ。」「じゃあ中性子爆弾は?」「俺とお前だけいなくなってウォッカだけが残るんだ。」そこで最初の酔いどれが首を傾げて言った。「俺がいてお前がいてウォッカだけないってこの状況、俺たちゃ一体何の爆弾を落とされたんだろうな?」
  • ある男が魚屋に行って肉をくれと言った。女性店員は「ここは魚屋よ。」と答えた。男はしつこく頼んだ。「俺は肉が欲しいんだよ。」女性店員が答えた。「肉屋なら道の向こう側よ。肉の無いお店のことでしょ?」
  • 「お父さん、車の鍵を持たせて。」「いいよ、でも無くすんじゃないぞ。あとたった7年で車が来るんだからな。」
  • 男が冷蔵庫を買いに行き、配達時期について尋ねた。「そうですね、10年後の金曜日に。」「ああ、その日はだめだ。配管工が修理に来ることになっている。」
    上2つとも商品の遅配を皮肉ったネタ。
  • 冬の最中、肉を買うために5時間も行列に並んでいたイゴーリはとうとう耐え切れなくなってしまった。彼は飛び跳ねて叫びはじめた。「もう耐えられるもんか!こんな『発達した社会主義』などくそくらえだ!こんな制度は完全に腐ってる!」数分後、いかめしげなトレンチコートの男がイゴーリに近づいて、彼の頭をゆっくりとゆすった。そして指をピストルの形に曲げてイゴーリのこめかみに当てると、そのまま何も言わずに立ち去って行った。イゴーリはひどく落胆して家に帰った。「どうしたっていうの?もう一度お肉を買いに行かないの?」彼の妻が聞いた。「無理だよ。」イゴーリは言った。「もう、ピストルの弾さえないんだ。」
  • 「頭がいっぱい、手がいっぱい、足がいっぱい、だけど肉はない。これなーんだ?」「肉屋に並ぶ行列!」
    一時期「名物」とまで言われた食料を求める行列に関するもの。
  • 聡明なソ連人の5つの戒め:考えるべからず。考えたなら、しゃべるべからず。考えてしゃべったなら、書き留めるべからず。考えてしゃべって書き留めたなら、署名するべからず。考えてしゃべって書き留めて署名したなら、驚くべからず。
  • 「大事故と悲劇の違いは何だろう?」「もし君が誤って山羊を川に落としておぼれ死にさせたら、大事故じゃなくて悲劇だ。もし閣僚たちの乗った飛行機が墜落して一人も生き残らなかったら、大事故だが悲劇じゃない。」
  • ある保育園で外国人の客を迎えることになり、保母たちは子供たちに「ソ連のものは世界一です!」と答えるように指導した。当日「おもちゃはどう?」「食べ物はおいしい?」などと聞く客に、言われた通り「ソ連のものは世界一です!」と答える子供たち。しかしそのうち、一人の子供が泣き出した。わけを聞いてみると、大泣きしながら「『ソ連』に行きたいよう!」。
  • 「私の妻は3年間料理教室に通っていました。」「それはさぞかし料理がお上手でしょう。」「いえいえ、教室では第12回党大会のところまでしか行き着かなかったもので。」
    わざわざ料理教室でまで政治教育をしていることを描くことで、ソ連の教育システムにおける政治教育の比重の高さを皮肉っている。
  • 資本主義者と社会主義者と共産主義者が会うことになった。社会主義者が遅れてやってきて、「すみません、ソーセージを買うのに行列に並んでいました。」と謝った。資本主義者「行列って何ですか?」共産主義者「ソーセージって何ですか?」
  • ドイツ駐留ソ連軍の兵士が外出して、町の居酒屋へ行った。店の主人はビールをジョッキに注ぐと、コースターと一緒に出した。しばらくして兵士はお代わりを注文したが、先ほどのコースターが見当たらないので、主人は新しいコースターも出した。三杯目のお代わりの際にも、なぜかコースターがなくなっていた。不思議に思った主人は、四杯目のお代わりでは新しいコースターを出さなかった。すると兵士が困った顔で主人に聞いた。「なあ同志、あのうまいワッフルはもうもらえないだか?」
    ドイツで一般的なビアコースターは厚手のボール紙でできている。
  • アダムイヴはどこの国の人だったか? もちろんロシア人である。彼らには何も着るものが無かった。彼らには住む家もなかった。そして地上の楽園で暮らしていると信じていた。

国際関係 [編集]

  • ルーマニアの小学校で、「わが国とソ連の関係を人間関係に喩えると何か?」と教師が児童に質問した。児童は、「兄弟です。」と答えた。「親友と言ったほうがいいのではないかね?」と教師が述べた。「いえ、兄弟です。」と児童は答えた。「なぜ兄弟に拘るのかね?」と教師は質問した。「親友は選べます。」と児童は答えた。
  • ワルシャワ条約機構の会議で、ハンガリー代表が「海軍省を創りたい。」と申し出た。ソ連代表が「海の無い国が、海軍省を創ってどうするんだ?」と尋ねると、ハンガリー代表は不思議そうな表情で尋ねた。「じゃあ、何でソ連には、文化省があるんですか?」(なお、実際のハンガリーにはドナウ川で活動する「海軍」が存在する)
  • 第三次中東戦争勃発。兵力で圧倒し最新式のソ連式装備を備えたはずのアラブ側はイスラエル相手にズタズタ。事態収拾後責任者が呼び出され責任追及。「最新式の装備を持ち、兵力も圧倒しているのにまったくなすすべもなく退却を続けたのはなぜか?」「ソ連軍事顧問団から渡された戦術マニュアルのとおりにしたらこうなりました。」「馬鹿なことを。ナポレオンを撃退し、ナチスを打ち破ったわが軍のマニュアルどおりにやればこんな失態はないはず。」「でもこう書いてあります。『敵の侵攻を受けたときはまず敵を国土深くさそいこみ、降雪を待ち、しかるのち冬将軍と共に反撃すべし』と。」
  • ソ連軍は合理化のため、アメリカ軍、ドイツ軍、日本軍の軍事顧問を招聘した。軍事顧問をある基地に招いて「この基地を守るには、最低何人の兵士で済むだろうか?」アメリカ軍の顧問曰く「500人で十分だろう。」ドイツ軍の顧問曰く「いや、相互に裏切りが無いか監視するため、倍の1000人必要だ。」日本軍の顧問曰く「2人いれば十分だ。降伏の白旗を振る兵士1人。基地降伏の責任を取って自決する司令官が1人。」
    このアネクドートは工場、店などバリエーションが多く、無難な人数を回答するアメリカ人、互いを監視するために倍の人数が必要だと主張するドイツ人、身も蓋もない正論を言って2人で十分だと主張する日本人というパターンができあがっている。
  • スターリンと毛沢東とチョイバルサン(モンゴル人民共和国の独裁者)の3人が会話をしていた。毛沢東「最近、東南アジアインドへの亡命者が増えて困ってます。」スターリン「うちも逃亡者を射殺するなど強化しています。」チョイバルサン「その点、我が国は亡命者ゼロです。地図を見れば亡命する気など起きませんよ。」
    モンゴル人民共和国(現在のモンゴル国)が北はソ連、南は中国という社会主義の2大国に完全に囲まれている事を示す。
  • 国際社会主義経済の四本柱とは? モンゴルの電子工学、ソ連農業の大増産、ポーランドの勤勉な労働力、東ドイツの統計数値。
    いずれも当てにならないとの落ち。
  • 緊張した中ソ関係を改善するために、ブレジネフが北京の毛沢東を訪問した。両者の話し合いの結果、本当に関係改善が図られることになった。会談の成果に上機嫌のブレジネフは毛沢東に、3つの願いをかなえようと申し出た。毛沢東「1万台の自動車が必要です」 ブレジネフ「いいでしょう」 毛沢東「10万台の自転車も必要です」 ブレジネフ「こちらもすぐに手配します」 毛沢東「そして10万袋のコメも」 ブレジネフ「同志毛、申し訳ない。私の知る限り、残念ながら東ドイツではコメがとれませんので...」
  • ワルシャワ条約機構軍の演習が行われた際、ソ連軍と東ドイツ軍の兵士が偶然、穴に埋められていた財宝を見つけた。早速ソ連軍兵士がこう持ちかけた。「なあ、二人で『同志的』に山分けしようじゃないか」すると東ドイツ軍兵士はこう答えた。「そりゃあ駄目だ、きちんと『二等分』で山分けしなくっちゃ」
  • ホーネッカーロストックの波止場を散歩していると、三隻の輸送船が泊まっていた。そこで彼は船の乗組員に声を掛けた。ホーネッカー「同志、どこへ行くのかね?」 一隻目の乗員「モザンビークへ肥料を運び、バナナを積んで戻ってきます」 ホーネッカー「すばらしい、続けたまえ! ... 同志、どこへ行くのかね?」 二隻目の乗員「キューバへ自転車を運び、砂糖を積んで戻ってきます」 ホーネッカー「すばらしい、続けたまえ! ... 同志、どこへ行くのかね?」 三隻目の乗員「バナナと砂糖をレニングラードへ運びます」 ホーネッカー「それで、戻りはどうなるのかね?」 三隻目の乗員「鉄道利用ですよ」
  • 東ベルリン。ぼろぼろの自転車に乗っていた労働者が、市庁舎の前で自転車を降りると、そのまま外壁に立て掛けた。すぐさま警備の将校が飛んできた。将校「君、頭がどうかしたのか。ここはいつソ連代表団が来るか分からないところなんだぞ!」 労働者「なあに大丈夫、二重に鍵をかけたからよ」
    いずれも、ソ連が自国のために、同盟諸国の資源・産業を一方的に収奪していたとのジョーク
  • ある時、ソ連の犬とポーランドの犬、そして東ドイツの犬が出合った。ソ連の犬が自分の暮らし振りを自慢した。「俺が吠えると、ソーセージをもらえるんだぜ」 ポーランドの犬: 「なあ、ソーセージって何だ?」 東ドイツの犬: 「なあ、『吠える』って何だ?」
  • アメリカ人とロシア人、そして東ドイツ人がお国自慢をしていた。アメリカ人「アメリカには広大な森がいくつもあるんだ。朝に森へ入って、夕方になってもまだ一方の端に着かないほど広いのさ」ロシア人「お笑いだね、我がシベリアの森に入ったら、1週間経ってもまだもう一方の端に着かないほど広いのさ」東ドイツ人「そんなの大したことないよ、1945年に大勢のロスケがドイツの森へ入ってきたが、いまだに誰一人として出て来ないんだぜ」

中国に関するもの [編集]

1237年から1480年までタタール人による支配を受けた(ロシア史ではタタールのくびきと呼ばれる)歴史的経緯から、ロシア人のアジア系諸民族に対する恐怖心は根強いものがある。特に中国人に対する恐怖心は根強いものがあるが、これはロシアの一般民衆レベルではタタール人と中国人の区別がつかず、両者を取り違えているからである。ブレジネフ時代は中ソ対立が激化したこともあり、それをネタにした中国絡みの話も作られた。

  • 神様が現れて、三人の男に願いを叶えてやるといった。アイゼンハワーは「ソ連を消してほしい」と言った。ソ連は消滅した。フルシチョフは「アメリカを消してほしい」と言った。アメリカは消滅した。神様は毛沢東に言った。「願いは何だ?」 毛沢東は言った。「お茶を一杯欲しい」 神様「本当にそれだけでよいのかね?」 毛沢東「ええ、先の二人の願いを聞いてくださったので。」
  • 西暦2000年のある日のニュース「フィンランドと中国の国境異状なし」
  • 中国は長い間、ソ連から各種の航空機の供与や技術援助を受けていたが、仲違いによって援助が打ち切られた。必要に迫られた中国共産党は1960年代に独自の航空機の開発生産を目指したが、ことごとく頓挫してしまった。理由は以下のとおりだったという。技術者「我々は何度も開発しようとしたのです。しかし、毛主席が『共産主義的ではない』とおっしゃって右翼のない航空機の製造を命じられました。そんな航空機などできっこありません。」担当者「だったらバランスをとって左翼も切り取り、ロケット型の航空機開発に切り替えればよかったではないか?」技術者「左翼を切り取れば反動分子と見なされます。」
  • 「ソ連の学校では二種類の外国語を教えている。国を出る者にはヘブライ語。国に残る者には中国語。」
    旧ソ連では1970年代以降、ユダヤ人イスラエル移住する場合に限り、条件付きで出国が認められるようになっていた)。
  • 鄧小平が内陸部の貧困農村地帯に視察に行ったときのこと。農民に対して、「今必要なものは何ですか?」と尋ねた。 その農民は「陳勝呉広」と答えた。
    陳勝と呉広は共に古代王朝に対して反乱を起こした農民軍の指導者である。

ドイツ民主共和国に関するもの [編集]

  • ヴァルター・ウルブリヒト(旧東ドイツの指導者)は史上最大の軍事的天才である。彼は一発の弾丸も撃たずに300万人を逃亡させ、1700万人を捕虜とした。
  • ヴァルター・ウルブリヒト毛沢東と会談した。「同志毛、お国にはあなたに敵対する人が何人いるのですか」「ざっと1700万人かと」「ふむ、こちらとほぼ同じですね」
    1700万人は東ドイツの全人口にあたる。
  • ヴァルター・ウルブリヒトが死んであの世へ行った。聖ペテロから西側の天国と東側の天国のどちらが良いかを聞かれ、彼はもちろん東側の天国がいいと答えた。「よろしい、しかし食事の時間になったら西側の天国に来なさい。たった一人のために食事を作るのは効率が悪いからな」
  • 東西ドイツの国境で、イノシシが地雷を踏んで爆死してしまった。東ドイツの国境警備兵がやって来て、一人目の兵士が思った。「地雷がもったいないな」 二人目の兵士が思った。「イノシシは気の毒だな」 三人目の兵士が思った。「ここにいるのが俺一人でなくて残念」
    地雷がなくなったので、誰も見ていなければ簡単に西側へ行ける
  • 東ドイツの七不思議。その一、東ドイツには失業者がいない。その二、失業が無いのに労働者の半分しか働いていない。その三、半分しか働いていないのにいつもノルマが達成される。その四、いつもノルマが達成されるのに店にはものが無い。その五、店にはものが無いのに誰もが幸せで満足している。その六、誰もが幸せで満足しているのにいつもデモがある。その七、いつもデモがあるのに国民の99.9パーセントが政府を再選する。
  • 東ドイツ内務省に泥棒が入った。ホーネッカーが警察トップを呼び、被害状況を聞いた。「大したことはありませんでした、向こう30年分の選挙結果が盗まれた程度です」
    東ドイツの選挙は予め議席の決まったリストに賛否を問うだけの物であり、しかも末期になると少なからぬ国民が反対票を投じたにもかかわらず結果が操作されて発表されていた。
  • 妊娠中の女性曰く「私の待ち時間はたった九ヶ月なのよ」
  • ある東ドイツ市民がホーネッカーへ手紙を出した。「親愛なる同志国家評議会議長、トラバントのマフラーを注文したのに、いくら待っても手に入りません。あと4週間で入荷できなければ、私は首を吊ります」 するとすぐに返事が届いた。「親愛なる同志、今すぐ首を吊った方がいいと思います。首を吊る縄が4週間後にまだあるかどうか、保証の限りではありません」
  • 中東の大金持ちの首長ライプツィヒ見本市を訪れた際、注文してから納車までに10年かかる自動車があると聞いた。果たしてどのような高級車なのかと、この車が欲しくなった彼は早速注文を出した。ツヴィッカウのトラバント工場はこの栄えある注文に対して、ちょうど完成したばかりの1台を首長の国へ出荷した。すると首長から手紙が届いた。「最短の納期で納品していただき感謝します。ちゃんと自走できる実物大見本に満足しています。追って実物の車が納品されるのを楽しみにしています」
    東側で最も経済発展を遂げた東ドイツでも物資は不足しており、大衆車トラバントは発注から納車までに10年近く待たされ、クルマの部品は半年、家具は1-2年、といった具合に多くの物が長い時間待たないと手に入らなかった[2]
  • 東ドイツの秘密警察シュタージが敬虔なキリスト教徒を尋問した。シュタージ職員「君は教会に通っているな?」 キリスト教徒「ええ」 シュタージ職員「十字架のキリスト像の足に口づけしたな?」 キリスト教徒「ええ」 シュタージ職員「同志ホーネッカーの足にも、同じように口づけできるか?」 キリスト教徒「もちろん、彼が同じように十字架に架けられたならね」
  • 東ドイツ・バウツェンの政治犯刑務所で、3人の受刑者がなぜここに来たのかを話し合っていた。一人目は「俺はいつも定刻の5分前に仕事へ行くので、スパイ容疑さ」 二人目は「俺はいつも5分遅刻するので、サボタージュ容疑さ」 三人目は「俺はいつも時間通りなので、西側製の時計を持っていると疑われたのさ」
  • 駆け出しの若いシュタージ職員が、ロイナ市の化学コンビナート「VEBヴァルター・ウルブリヒト」で開かれるメーデー式典において、会場に潜入した西側のスパイを検挙するという任務を与えられた。式典のスピーチの真っ最中に、彼は上官へ報告した。「同志中尉、7列の15番席にいるのがスパイです」この男を捕えて調べると、本当に西側のスパイであった。なぜスパイを見付けられたのかと尋ねられたシュタージ職員はこう答えた。「政治の授業で『階級の敵は決して眠らない』と教わりました。スピーチの最中に起きていたのは奴だけでした」
  • 1987年、ホーネッカーが西ドイツ訪問から帰国した。早速感想を聞かれた彼はこう答えた。「我が国と何も変わる所がなかった。なにしろ、西ドイツマルクさえあれば何でも手に入るのだから」
  • ホーネッカー守護天使が聖ペトロに、過労を理由に休暇を願い出た。聖ペトロ「どの守護天使も担当するのはそれぞれ一人だけだが、一体どうしたのかね」 守護天使「なにしろ1700万人から守らなければならないんです」
  • ホーネッカーに、西ドイツ・ザールラント州に住む祖母から近況を尋ねる手紙が届いた。返事の中で彼は、国家評議会議長を務めていて、これは昔のカイザーのような仕事であること、すばらしい邸宅に暮して運転手付きの自動車に乗っていることを書いた。すると祖母からまた手紙が届いた。「エーリッヒ、あんたのことが心配でならないよ。悪い共産主義者どもに身ぐるみはがされないよう気を付けなさいよ」
    ブレジネフのものと同様共産貴族化したホーネッカーを皮肉っている。ホーネッカーは東ベルリン郊外のプール付の邸宅に住み、別荘や多数の西側の高級車を所有していた[3]
  • ホーネッカーの好きなスポーツとは? それはボブスレーである。右に、左にも壁、そして奈落の底へと逆落とし。
  • アメリカとソ連、そして東ドイツの合同調査チームがタイタニック号の引き揚げを行うことになった。アメリカ人たちの興味の的は、船に積まれていた金銀財宝であった。ソ連人たちの興味の的は、技術的なノウハウであった。そして東ドイツ人たちの興味の的は、不安な乗客を落ち着かせるために、沈没の瞬間まで音楽を奏で続けた楽団であった。
  • ある男がキオスクで毎朝ドイツ社会主義統一党の機関紙『ノイエス・ドイチュラント』を買うのだが、開きもせずにすぐくずかごへ捨ててしまう。これが毎日続くので、売り子が気になって理由を聞いてみた。男「死亡広告だけが目当てなのさ」 売り子「しかしあなたが見ているのはせいぜい1面だけですよ」 男「そう、いつか1面に載る死亡広告を見たいのさ」
    ノイエス・ドイチュラント (新しいドイツ) は東西ドイツ統一後も、左派系の日刊新聞として発行を続けている
  • 日本からの視察団が東ドイツを訪問した。滞在の仕上げに、彼らに東ドイツで何が一番気に入ったかを聞いてみた。「お国の博物館ですね。ベルガモンペンタコン、それにロボトロン
    韻を踏みながら、東ドイツの先端技術のレベルを皮肉っている。
  • 東ドイツ警察の警察官は、なぜいつも三人一組でパトロールするのか? 一人目が読み、二人目が書き、三人目が二人のインテリを監視する。
  • 東ドイツ警察の警察官は、なぜいつも警察犬を連れてパトロールするのか? 少なくとも、どちらか片方は教育を受けている。
  • 二人の警察官がパトロール中、踏切を通りかかった。一人目の警察官が上がったままの腕木を見て言った。「なあ、どのくらいの高さなのかな」 二人目の警察官「遮断機が下りるまで待っていよう。そしたら寸法を測ってみるから」 一人目の警察官「でも俺が知りたいのは幅じゃなくて高さだよ」
  • 街角で二人の警察官が泣いていた。通りかかった市民が事情を聞くと、連れていた警察犬が逃げてしまったのだという。通行人は警察官を慰めようとした。「なに大丈夫ですよ、ちゃんと警察署まで戻れるでしょう」 警察官「うん、犬の方はね」
  • 地方出身の警察官が東ベルリンに配属された。パトロールの際に通りかかったインターショップ(外貨や兌換券で輸入品を買える国営小売店)をのぞいてみると、見たこともないような西側商品がたくさん並んでいる。びっくり仰天した彼は、思わずインターショップに駆け込んだ。「私は政治的亡命を求めます!」
  • 医学生たちが試験を受けることになった。その内容は、ガラス容器に入った脳が何の生き物のものかを当てるというものだった。一人目の医学生に示されたのはかなり小さな脳だった。医学生「あまり渦巻きがないので、ネコの脳でしょう」 教授「よろしい、正解だ」 二人目に示されたのはさらに小さな脳だった。医学生「構造が単純なので、ネズミの脳でしょう」 教授「よろしい、正解だ」 三人目に示されたのはさらにちっぽけな脳だった。医学生「渦巻きがふたつしかありません。これは警察官の脳でしょう」 教授「答えは正解なのだが、よく見給え、君が二つ目の渦巻きだと思ったのは、実は制帽をかぶって付いた跡だよ」
    東ドイツの警察官は、あまり頭がよくないというのがステレオタイプになっていた。
  • 道の向こうからバナナが息を切らして走って来て、キウイフルーツに出くわした。キウイフルーツ「君、一体どうしたんだい」 バナナ「僕のことを捕まえようと、大勢の人間が追いかけて来るんだ。君も早く逃げないと食われてしまうぞ」 キウイフルーツ「それなら大丈夫、どうせ僕のことを知っている人は誰もいないよ」
  • バナナでコンパスを作るにはどうすればよいか? ベルリンの壁の上にバナナを一本置き、翌朝、バナナが食いちぎられていた方が東だ。
    戦前と同じく、輸入フルーツのバナナは東ドイツではぜいたく品であった。

その他の社会主義国に関するもの [編集]

  • 我がポーランドは世界で一番広い国である。領土はヨーロッパに、首都はモスクワに、国民はシベリアにいる。
  • ポル・ポトが重い病気にかかった。死の危険を感じた彼は、側近に医者を呼ぶように言った。側近「国内の医者は、貴方の命令により、ひとり残らず粛清致しました。」ポル・ポト「とにかく、医者を呼べ。お前も粛清されたいのか?」、側近は必死で国中を駆け回り、やっとの事で医者をみつけてきた。それは、まじない医者だった。
    ポル・ポトが原始共産主義を唱えて知識階級を弾圧・粛清した事を皮肉った話。

関連項目 [編集]

脚注 [編集]

  1. ^ 例えば、6世紀東ローマ帝国ユスティニアヌス1世時代にプロコピオスが書いた秘密ノート『秘史』(Ἀνέκδοτα)。
  2. ^ 仲井斌『もうひとつのドイツ』朝日新聞社、1983年 P103
  3. ^ 伸井太一『ニセドイツ〈1〉 ≒東ドイツ製工業品』社会評論社、2009年 P51-52

外部リンク [編集]