つるふさの法則
つるふさの法則(つるふさのほうそく)とは、帝政時代から現在までのロシアの最高権力者の頭髪に関する法則。
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[編集] 定義
およそ200年間にわたってロシアの最高権力者には下記のような法則が成立する。
- ソ連・ロシアの最高権力者には、禿頭の者・「つる」(つるつる)と、そうでない者・「ふさ」(ふさふさ)が一人ずつ交互に就任する。
- 「つる」は改革的であるが権力を悪い形で失う(クーデターにより失脚もしくは暗殺される)。「ふさ」は保守的で死ぬまで権力を持ち続ける[1]。
英『タイムズ』紙もこの法則を用いてロシアの政治を分析したことがある。
- 「つる、ふさ、つる、ふさ、つる、ふさ。これが私達の選んできたリーダーよ」と、ペテルブルクの友人は大統領選挙の行方をたずねた私をからかった。「考えてもみてよ。レーニンはつる、スターリンはふさ。フルシチョフはつる、ブレジネフはふさ。ゴルバチョフはつる、エリツィンはふさ。プーチンは実際つるでしょう、メドヴェージェフが勝つに決まってるわ」[2]
[編集] 理論的瑕疵
この法則はジョークであるため毛髪の量に厳密な基準があるわけではなく、恣意的に「つる」と「ふさ」に分けられている。
また、年代をさかのぼるとこの法則は破綻する。最初に破綻するのは「つる」であるニコライ1世で、すぐ前が同じ「つる」のアレクサンドル1世になっていて、さらに前が再び「つる」のパーヴェル1世となっている。パーヴェル1世の前をたどると延々と「ふさ」ばかりが続き、法則は完全に破綻するが、変わりに最高権力者が男性女性と入れ替わり髪の質量も微妙に入れ替わっているために質量が「より少ない」「より多い」と言う見方が「つる」「ふさ」と言う見方がつけられ、「つる」側はクーデターにより暗殺され、「ふさ」側は病気で死ぬまでに権力を保っている。
またニコライ2世(ふさ)は革命及び革命勢力による非業の死という「悪い形」で権力を失っている。「死ぬまで権力を持ち続け」ることができておらず、これは第二法則に反する。
レーニン以降で唯一の例外とされているのが、スターリン(ふさ)の死後首相兼筆頭書記に就任し、ソ連最高権力者となったマレンコフ(ふさ)である。ただしマレンコフは就任後8日目にフルシチョフ(つる)に筆頭書記の座を譲っている。首相の座にはとどまったが、初期の数年間をのぞけば一般にソ連では党のトップが最高指導者とみなされるため、それに従えばレーニン以降でこの法則に明確に反しているのはこの8日間だけということになる。ソビエト連邦の指導者の一覧も参照のこと。
またマレンコフは首相としての権力を失脚という「悪い形」で失っており、やはり第二法則に反している。
もっとも西側に公開されているマレンコフの写真を時系列を追って見ていくと、第二次世界大戦期には確かに「ふさ」だが、大戦後は生え際がだいぶ後退しており、さらに下って首相期の写真は不自然なパーマをかけている。つまりマレンコフ自身が「つる」でもあり「ふさ」でもあったという可能性もある。
[編集] 歴史
対象とする人物は帝政時代まで遡るが、法則の発見者は明らかにされていない。
この法則が広く知られるようにあったのはブレジネフの時代である。この頃から考察に足る肖像が資料として蓄積されていき、停滞の時代という鬱屈した状況がアネクドートを生み出した。もともとはレーニンから始まり、マレンコフ、アンドロポフ、チェルネンコが続く法則だった。マレンコフは法則にあてはまらないし、後者2人もつるつるの空位時代を挟んでいる。また皆が2年以下の短期政権である。
その後に作家のウラジーミル・サフチェンコが法則を発展させた[3]。
ジョークに新たな展開が生まれたのは1990年代の中頃だった。1996年ロシア大統領選挙でのつる派であるゲンナジー・ジュガーノフにふさ派のエリツィンが勝利したからである。現在のロシアではこのジョークはごく浸透しており、風刺(たとえばミハイル・ザドルノフ)やアネクドートによく用いられる。
日本でもやはりブレジネフの時代には知られており、それ以降巷間でこの法則を元に次の書記長や大統領を当てるということが冗談まじりに行われる。
ソ連を題材にした片山まさゆきの漫画『ウォッカ・タイム』(1985年に講談社から出版)では、この法則を「ソ連最高指導者のハゲフサ理論」と名づけ、当時この作品の主人公であったチュルネンコ書記長(実在の人物をモデルにしたフィクション)に、有力候補から次の書記長を当てさせるネタがあった。作中ではチュルネンコが「順番から来ると次はハゲだから、次の候補はハゲてる、こいつしかいない!」と、ゴルバチョフを指摘。何回か後にチュルネンコは死去し、次の書記長(つまりこの漫画の次の主人公)がゴルバチョフに交代する事を、本当に当ててしまい、一般に知られるようになった。これらの話は単行本1巻に収録されている。
なお2011年現在、ロシアの大統領は「ふさ」のメドヴェージェフであるが、次期大統領選の最有力候補は「つる」のプーチン元大統領である。
[編集] 根拠
| 「つる」側の君主または最高指導者 | 「ふさ」側の君主または最高指導者 | ||
|---|---|---|---|
| ニコライ1世 (1825-1855) |
アレクサンドル2世 (1855-1881) |
||
| アレクサンドル3世 (1881-1894) |
ニコライ2世 (1894-1917) |
||
| リヴォフ (1917) |
ケレンスキー (1917) |
||
| レーニン (1917-1924) |
スターリン (1924-1953) |
||
| マレンコフ (1953年3月6日- 1953年3月14日) |
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法則の例外。ただし、マレンコフが最高指 導者だったのは8日間。 |
|
| フルシチョフ (1953-1964) |
ブレジネフ (1964-1982) |
||
| アンドロポフ (1982-1984) |
150px | 150px | チェルネンコ (1984-1985) |
| ゴルバチョフ (1985-1991) |
エリツィン (1991-1999) |
||
| プーチン (2000-2008) |
メドヴェージェフ (2008-) |
||
[編集] 脚注
- ^ 日本の漫画家片山まさゆきが発見した第二法則 「ウォッカ・タイム」講談社、1985年
- ^ 「ロシアの政治 - 禿頭の真実」と題した記事の冒頭部の引用 “Russian politics: the bald truth)”. Times Online 2010年8月29日閲覧。
- ^ Новая наука Историоматика(2004) こちらで閲覧可能(ロシア語)
- ^ 『トリビアの泉―へぇの本 (6)』 講談社、2004年3月23日。ISBN 9784063527117
[編集] 関連項目
- アネクドート
- フランス大統領 - シャルル・ド・ゴール以降の第五共和政では、身長が高いものとそうではないものが交互に政権を担当している。
- 源平交代思想 - 日本史上の武家政権は平氏と源氏が交代するという俗説
- おぼっちゃまくん - 御坊家当主の顔は奇数代が御坊茶魔の顔立ちで偶数代が御坊亀光の顔立ちである。
[編集] 外部リンク
- 「つるふさ」の法則(レーニン以降のつるふさの法則の考察)
