とう利天上寺

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本来の表記は「利天上寺」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。
利天上寺
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本堂(金堂)
所在地 兵庫県神戸市灘区摩耶山町2-12
位置 北緯34度44分20.39秒
東経135度12分16.93秒
山号 佛母摩耶山
宗派 高野山真言宗
本尊 十一面観世音菩薩仏母摩耶夫人尊
創建年 大化2年(646年
開基 法道仙人孝徳天皇(勅願)
別称 天上寺
札所等 新西国三十三箇所 22番
関西花の寺二十五霊場 10番
西国愛染十七霊場 4番
神戸七福神 布袋尊
神戸十三仏 2番
摂津国三十三箇所 4番
摂津国八十八箇所 80番
福原西国三十三箇所 奥の院霊場
神仏霊場巡拝の道 第69番(兵庫第4番)
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天皇勅願所の石碑と摩耶夫人堂
天皇勅願所の石碑と摩耶夫人堂
旧天上寺跡
旧天上寺跡
旧天上寺焼失による客足不足により、ケーブル - 史跡公園間にあった遊園地や土産物屋等は廃業に追い込まれた。一部は現在もそのまま残る。
旧天上寺焼失による客足不足により、ケーブル - 史跡公園間にあった遊園地や土産物屋等は廃業に追い込まれた。一部は現在もそのまま残る。

利天上寺(とうりてんじょうじ)は、兵庫県神戸市灘区摩耶山町にある仏教寺院。通称「天上寺」。宗派は高野山真言宗摩耶夫人釈迦生母)を本尊とする日本唯一の寺である。

縁起[編集]

利天上寺は646年大化2年)に孝徳天皇勅願により、インドの伝説的な高僧法道仙人が開創したと伝わる。後に弘法大師が渡唐した際、武帝自作の摩耶夫人尊像を持ち帰り、同寺に奉安したことから、この山を「摩耶山」と呼ぶようになったとされる。寺号は摩耶夫人が転生した利天に因むものである。鎌倉時代末期の摩耶山合戦(幕府軍対赤松氏)で知られる摩耶山城をこの寺とする説がある。

最盛期には多くの塔頭僧坊を抱えており、最も栄えた頃は3,000人の僧を擁する摂津地方第一の大寺だったと伝わる。宗派を越え、皇族武将なども含め、広く信仰され、花山正親町両天皇の御願所でもあった。

1976年昭和51年)1月30日未明、賽銭泥棒による放火のため、仁王門や一部の塔頭・庫裏を除いて全焼した。現在は北方約1kmにある摩耶別山(天上寺創生の地とされる)に場所を移して再建された。旧境内は摩耶山歴史公園として整備されており、旧伽藍の解説板などが整備されているほか、焼け残った仁王門も残されており、石垣や石段なども往時を偲ばせる。ただ、仁王門以外の建物(庫裏など)は整備されておらず、朽ちかけている。

本尊[編集]

本尊は「十一面観音菩薩像」と「仏母摩耶夫人尊像」。

  • 「十一面観音菩薩像」は一寸八分(約6cm)の黄金の秘仏で、通常は拝観できない。開帳は三十三年毎に行われるという。法道仙人が持参してきたものといわれ、大阪湾一円および摩耶山の四周に開けた諸国(摂津・播磨・河内・和泉・淡路等)の守護仏とされた。
  • 「仏母摩耶夫人尊像」は極彩色等身大の仏像。1976年(昭和51年)の火災により焼失したため、新しく作られた。完成後は金堂に収められていた。摩耶夫人堂は、2002年平成14年)10月に再建されて、落慶法要が営まれた。仏母摩耶夫人尊像が金堂から遷座された。

札所[編集]

本尊:十一面観音[編集]

本尊:弘法大師[編集]

本尊:愛染明王[編集]

その他[編集]

拝観[編集]

  • 拝観料:無料
  • 拝観時間:8時 - 17時
  • 駐車場:50台

アクセス[編集]

  • JR六甲道駅または阪急六甲駅から神戸市営バス・18系統「摩耶ケーブル下経由三宮」行きに乗車し、「摩耶ケーブル下」で下車。摩耶ケーブル摩耶ロープウェー(まやビューライン夢散歩)を乗り継ぎ山上へ。山上にある星の駅から徒歩約10分。
    • 六甲道駅から18系統バスの運行頻度は、9 - 17時の間について
    平日:10,12,13,16時台は1時間に1便、それ以外の時間帯は1時間に2便。
    土日祝日:13時台は1時間に1便、9、12時台は1時間に2便、その他の時間帯は1時間に3便(2001年8月現在)。
    • 摩耶ケーブルの始発は10:00で、通常20分毎の運転、摩耶ロープウェーの始発は10:10で、通常20分毎の運転。但し、ケーブル、ロープウェー共に夏季を除き毎週火曜日は運休(2007年12月現在)。
  • 阪急六甲駅からは寺の前まで本数は少ないが直通バスがある。ただし、夏休み以外の平日は運休する。阪急バスや六甲ケーブルで山上で乗り換えの場合は寺の前までバスが毎日利用できる。

ギャラリー[編集]

外部リンク[編集]