郭焱
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郭焱 |
2010年世界選手権(右)
獲得メダル | ||
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卓球 | ||
中華人民共和国 | ||
世界卓球選手権 | ||
銀 | 2005 上海 | 女子シングルス |
銅 | 2005 上海 | 混合ダブルス |
金 | 2006 ドーハ | 女子団体 |
銅 | 2007 ザグレブ | 女子シングルス |
銀 | 2009 横浜 | 女子ダブルス |
銀 | 2010 モスクワ | 女子団体 |
アジア競技大会 | ||
銀 | 2002 釜山 | 女子団体 |
郭 焱(かくえん、クオイェン、中国語: 郭焱 1982年6月24日 - )は、中国の女子卓球選手。本籍は北京市。ITTF世界ランキング最高位は1位(2010年10月)。
人物・経歴
[編集]7歳の時に卓球を始めた。14歳で北京のチームに所属して16歳のときに中国ナショナルチーム入りを果たした。2001年に彼女の所属する北京のクラブは河北省のチームを破り優勝を果たした。2006年女子ワールドカップ優勝。2005年世界選手権女子シングルスで準優勝、2007年世界選手権女子シングルス3位。
ITTFプロツアーグランドファイナルを2008年、2009年と連覇している[2]。
2012年、ロンドンオリンピックへの推薦出場枠を獲得していたが、右ひじの故障のため欠場。丁寧が代わりに出場することになった[3]。
エピソード
[編集]- 体格が良く男性的な風貌であるが、反面、非常に女性らしい性格とも評される。
- 他国のエース級、もしくはそれ以上の実力があり、その強さは他国から見れば驚異的であるが、ビッグタイトルからは縁が遠い。中国国内では常に2番手以下の扱いであり、国際大会でも上位進出の常連ではあるが、他の中国選手との同士討ちで敗れることが多かった。2005年の荻村杯では、中国選手が早々と姿を消す中で決勝まで進出し、誰もが彼女の優勝を疑わなかった。しかし、王越古を相手に、何度もマッチポイントを握りながらも逆転負けを喫した。こういったことから、しばしば「シルバー・コレクター」と呼ばれることもある。
主な戦績
[編集]- 2002年 釜山アジア大会団体銀メダル
- 2005年 第48回世界卓球選手権個人戦(上海)女子シングルス2位、混合ダブルス3位
- 2006年 第48回世界卓球選手権団体戦優勝(ブレーメン)、女子ワールドカップ優勝、ドーハアジア大会
- 2007年 第49回世界卓球選手権個人戦(ザグレブ)女子シングルス3位
- 2009年 第50回世界卓球選手権個人戦(横浜市)女子ダブルス2位
脚注
[編集]- ^ “ITTF - World Ranking”. ITTF. 2021年10月20日閲覧。
- ^ “プロツアーグランドファイナル 馬龍と郭炎が優勝”. バタフライ (2010年1月11日). 2010年7月7日閲覧。
- ^ “郭炎、エントリー変更の理由は右ひじの故障”. 卓球王国 (2012年5月15日). 2018年1月28日閲覧。
- ^ “女王王楠が帰ってきた!”. ニッタク (2007年6月24日). 2010年7月7日閲覧。
外部リンク
[編集]- GUO Yan (1982) - ITTFプロフィール