山泉和子

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山泉 和子 Table tennis pictogram.svg
基本情報
生年月日 (1935-01-17) 1935年1月17日(83歳)
選手情報
利き腕
グリップ ペンホルダー
フォア面ラバー  一枚ラバー[1](後に表ソフト)
バック面ラバー  なし
戦型 前陣速攻
 
獲得メダル
世界卓球選手権
1959 ドルトムント 女子ダブルス
1959 ドルトムント 女子団体
1961 北京 女子団体
1963 プラハ 女子団体
1963 プラハ 混合ダブルス
1963 プラハ 女子ダブルス
アジア卓球選手権
1960 ボンベイ 女子シングルス
1960 ボンベイ 女子ダブルス
1960 ボンベイ 女子団体
1960 ボンベイ 混合ダブルス
1963 マニラ 混合ダブルス
1963 マニラ 女子団体
アジア競技大会
東京1958英語版 女子ダブルス
東京1958英語版 女子団体
東京1958英語版 女子シングルス
東京1958英語版 混合ダブルス
ジャカルタ1962英語版 女子団体
ジャカルタ1962英語版 女子シングルス
ジャカルタ1962英語版 混合ダブルス
ジャカルタ1962英語版 女子ダブルス
■テンプレート ■プロジェクト:卓球 ■選手一覧

山泉 和子(やまいずみ かずこ、1935年1月17日 - )(現姓名・伊藤和子)は、大阪府生まれの卓球選手[1]。日本卓球界の黄金期を支えた女子選手の一人で、2010年にはその功績を称えられ世界卓球殿堂入りを果たした。

孫の池田和正明治大学出身)も卓球選手[2]

経歴[編集]

疎開愛媛県北宇和郡津島町(現宇和島市)に移住。1946年に卓球を始めた[1]愛媛県立津島高等学校を経て大阪樟蔭女子大学へ進学[1]。大学卒業後は東洋レーヨンに入社した[1]世界卓球選手権に6回出場し[1]、1959年に女子ダブルスで優勝、1963年に混合ダブルスで優勝、女子団体では3度優勝している[1]

1960年の全日本卓球選手権では女子シングルス、ダブルス、混合ダブルスで優勝、女子選手として初の三冠王となった[1]

また、2002年には全日本卓球選手権で、当時前人未到であった100勝を達成し[1]、2010年には長年に亘る功績を讃えられ国際卓球連盟より世界卓球殿堂入りを認められた。現在は母校である大阪樟蔭女子大学と日本卓球リーグ実業団連盟加盟のエクセディで監督を務めている[1]。大会には出場していないが「生涯現役」として今なお練習を続けている。

主な戦績[編集]

関連図書[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n 愛媛の偉人・賢人の紹介”. 愛媛県生涯学習センター. 2016年9月8日閲覧。
  2. ^ 池田8強!世界ペアに勝った/卓球 - スポーツニュース : nikkansports.com”. nikkansports.com. 2017年2月5日閲覧。

外部リンク[編集]