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*5月、夏場所、浜町仮設国技館で15日間。番付に呼出、世話人の名が載る。場所後の番付編成会議で千代ノ山の大関昇進決定。 |
*5月、夏場所、浜町仮設国技館で15日間。番付に呼出、世話人の名が載る。幕内優勝、三賞受賞者がすべて出羽海部屋所属であった。場所後の番付編成会議で千代ノ山の大関昇進決定。 |
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*10月、秋場所、大阪仮設国技館で15日間。横綱・前田山が本場所を休場して帰京、後楽園球場で野球を観戦して問題に。千秋楽、出場停止処分となり引退を発表。年寄高砂 |
*10月、秋場所、大阪仮設国技館で15日間。横綱・前田山が本場所を休場して帰京、後楽園球場で野球を観戦して問題に。千秋楽、出場停止処分となり引退を発表。二枚鑑札で襲名していた年寄高砂専任となる。場所後の番付編成会議で汐ノ海の大関復帰が決まる。 |
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*12月、蔵前国技館の上棟式。 |
*12月、蔵前国技館の上棟式。 |
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=== 本場所 === |
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* 一月場所(浜町仮設国技館、12~24日) |
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*: 幕内最高優勝 : 東冨士謹一(10勝2敗1分,2回目) |
*: 幕内最高優勝 : 東冨士謹一(10勝2敗1分,2回目) |
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**: 殊勲賞-三根山、敢闘賞-國登、技能賞-栃錦 |
**: 殊勲賞-三根山、敢闘賞-國登、技能賞-栃錦 |
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**: 殊勲賞-鏡里、敢闘賞-鏡里、技能賞-栃錦 |
**: 殊勲賞-鏡里、敢闘賞-鏡里、技能賞-栃錦 |
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*: 十両優勝 : 琴ヶ濱貞雄(11勝4敗) |
*: 十両優勝 : 琴ヶ濱貞雄(11勝4敗) |
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== 参考文献 == |
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*『大相撲戦後70年史』(ベースボールマガジン社、2015年)p41 |
*『大相撲戦後70年史』(ベースボールマガジン社、2015年)p41 |
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1949年の相撲(1949ねんのすもう)は、1949年の相撲関係のできごとについて述べる。
大相撲
できごと
- 1月、春場所、浜町仮設国技館で13日間。東富士が新横綱に昇進し、4横綱となる。
- 5月、夏場所、浜町仮設国技館で15日間。番付に呼出、世話人の名が載る。幕内優勝、三賞受賞者がすべて出羽海部屋所属であった。場所後の番付編成会議で千代ノ山の大関昇進決定。
- 10月、秋場所、大阪仮設国技館で15日間。横綱・前田山が本場所を休場して帰京、後楽園球場で野球を観戦して問題に。千秋楽、出場停止処分となり引退を発表。二枚鑑札で襲名していた年寄高砂専任となる。場所後の番付編成会議で汐ノ海の大関復帰が決まる。
- 12月、蔵前国技館の上棟式。
本場所
- 一月場所(浜町仮設国技館、12~24日)
- 幕内最高優勝 : 東冨士謹一(10勝2敗1分,2回目)
- 殊勲賞-三根山、敢闘賞-國登、技能賞-栃錦
- 十両優勝 : 鳴門海一行(9勝4敗)
- 五月場所(浜町仮設国技館、15~29日)
- 幕内最高優勝 : 増位山大志郎(13勝2敗,2回目)
- 殊勲賞-千代ノ山、敢闘賞-羽島山、技能賞-五ツ海
- 十両優勝 : 大昇充宏(11勝4敗)
- 十月場所(大阪仮設国技館、9~23日)
- 幕内最高優勝 : 千代ノ山雅信(13勝2敗,1回目)
- 殊勲賞-鏡里、敢闘賞-鏡里、技能賞-栃錦
- 十両優勝 : 琴ヶ濱貞雄(11勝4敗)
参考文献
- 『大相撲戦後70年史』(ベースボールマガジン社、2015年)p41