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[[学名|種小名]]''mongoliensis'' ('''モンゴリエンシス''')は「'''モンゴル産'''」「'''モンゴル由来のもの'''」との意。
[[学名|種小名]]''mongoliensis'' ('''モンゴリエンシス''')は「'''モンゴル産'''」「'''モンゴル由来のもの'''」との意。

[[中国語]]では属名{{Lang|la|''Andrewsarchus''}} を「安氏中獣」(「安氏中爪獣」「安氏獣」とも)と記す。二名法での{{Lang|la|''Andrewsarchus mongoliensis''}} に対応の呼称は「蒙古安氏中獣」。「安氏」は「ロイ・チャップマン・アンドリュース(羅伊・査普曼・安徳魯)氏」を、「中爪獣」「中獣」は「メソニクス」(類)を意味する。


== 発見と分類 ==
== 発見と分類 ==

2012年2月15日 (水) 22:30時点における版

アンドリューサルクス
生息年代: 45.00–36.00 Ma
Andrewsarchus mongoliensis
保全状況評価
絶滅(化石
地質時代
約4,500万- 約3,600万年前(新生代古第三紀始新世中期- 後期半ば)
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
亜綱 : 獣亜綱 Theria
下綱 : 真獣下綱 Eutheria
階級なし : (未整理[1]北方真獣類 Boreoeutheria
上目 : ローラシア獣上目 Laurasiatheria
: メソニクス目 Mesonychia
: トリイソドン科 Triisodontidae
: アンドリューサルクス属 Andrewsarchus
学名
genus Andrewsarchus
Osborn1924
和名
アンドリューサルクス
英名
Andrewsarchus
下位分類(
  • アンドリューサルクス・モンゴリエンシス A. mongoliensis Osborn, 1924

アンドリューサルクス学名genus Andrewsarchus)は、約4,500万- 約3,600万年前(新生代古第三紀始新世中期- 後期半ば)のユーラシア大陸東部地域(現在のモンゴル)に生息していた、原始的な大型肉食性哺乳類の一種(1)。下位分類は現在、A. mongoliensis (A・モンゴリエンシス)の1のみが知られている。

(ひづめ)を持つ有蹄動物であり、推定体長(頭胴長)382cm[2]、推定体重180-450kg[3]というその体躯の巨大さゆえ、ときに「史上最大の陸生肉食獣」と称される。実際、メソニクス目で最大、史上でも最大級の陸生肉食哺乳類であると言える。

呼称

属名Andrewsarchus は、統治者(archos ruler、master)を意味するギリシア語: άρχός- archus(ラテン語形)に、英語姓 英語: Andrews を冠して造られた名称。その意味合いは「アンドリュース(にゆかり)の統治者」である。Andrews は本属の化石を発見した調査隊を率いていたアメリカ自然史博物館研究員ロイ・チャップマン・アンドリュース[4]のことであり、すなわち、献名である 。本来の学名であるラテン語音は「アンドレウサルクス」であり、原音主義に立つ者はこれを用いる。対して、由来語主義の者が用いるのが「アンドリューサルクス」、「アンドリュウサルクス」である。ただし、英語音を仮名転写すれば「アンドルーサーカス」あるいは「アンドルーザーカス」あたりになるので、由来語主義による名はいずれも日本語慣習読みと言える。

種小名mongoliensisモンゴリエンシス)は「モンゴル産」「モンゴル由来のもの」との意。

発見と分類

化石1923年6月、ゴビ砂漠のモンゴル領内にある Irdin Mahna にて、前述の調査隊の一員であったカン・チュウエン・パオ(Kan Chuen Pao)によって発見された。そこで見出されたのは下顎(したあご)の無い頭蓋骨(とうがいこつ)と、わずかに2、3個の骨片のみで、これに続く発見例はまだ無い。しかし、歯と頭蓋骨の形態学的分析により、メソニクスとの類縁性が認められ、その下位分類に書き加えられることとなった。ゆえに、現在その全体像が語られるとき、基底となっている情報の多くは「アンドリューサルクス属の」と言うより「メソニクス類の」特徴である。再現像のなかの頭蓋骨以外の部分は、完全な骨格が残るメソニクス属(Mesonyx)の1種であるメソニクス・オブトゥシデンスMesonyx obtusidens)を比較資料として組み上げられたものである。

本種は翌1924年、古生物学者ヘンリー・フェアフィールド・オズボーンによって記載(学術上の正式命名)された。現在、アンドリューサルクスはメソニクス目トリイソドン科en)に分類されているが、無肉歯目に含めたり、メソニクス科en)に分類したり、あるいはまた、への分類をあえて避ける場合などがあり、分類は必ずしも確定したものではない。本種が属するメソニクス類は、かつては歯の類似などからクジラ目(鯨目)の祖先系統と考えるのが主流であった。しかし、分子系統学による知見、および、他の化石の発見などに基づく形態学的知見によって、直接的な祖先系統や最も近縁と言えるような系統ではなかったことが判明した。

特徴

形態

Andrewsarchus mongoliensis の頭蓋骨化石の複製(英国・ロンドン自然史博物館

アンドリューサルクスは、現在知られている限りの全ての陸生肉食哺乳類のなかで最大級の顎の持ち主である。長い部によく発達した顎を持ち、そこに生えるはどれも大きかった。切歯、湾曲した鋭い犬歯、そして、獲物の骨を噛み砕いたかもしれない頑丈な臼歯を具えている。頭蓋骨は長さ83.4cm[5]、最大幅56cmと巨大。頭蓋骨の巨大さや全体のプロポーションから、大型のイノシシ類であるエンテロドンen)に類した動物と考えた研究者もあったが、この類似は同じような食性による収斂進化の結果であり、系統的にはメソニクスに近縁と考えられるようになった。

頭蓋骨の形態が似ている前述のメソニクス・オブトゥシデンスを参考に頭骨長から単純計算されたアンドリューサルクスの大きさは、体長約382cm、肩高約189cmほどである。ただし、胴体部分の化石が無いために確かなことは分からない。いずれにせよ、近縁のものから類推して、大きな頭部とやや長めの胴体、そして長い尾を持った、オオカミハイエナのような体形の大型獣で、やや短めの四肢とその指先に小さく丸まった蹄を具えている、そのような姿で再現されるものである。

生態

Andrewsarchus mongoliensis
(生態復元図の一例)

かつて、アンドリューサルクスは、狭義でいう肉食獣(捕食性の高い肉食獣)として語られてきた。しかし今日では、そのように描かれることはない。彼らの歯は肉を切り裂くような形態ではなく、むしろ、強靭な顎の力で硬く丈夫なものを強引に咀嚼(そしゃく)するのに適当な構造をしていると考えられるからである。つまりこれは、カメの甲羅や貝殻・大きな甲殻類といったものを食するための顎と歯ではなかったか、という意味である。通常、それらの動物は陸生肉食獣の手には負えないもの、どれほど飢えていても素通りするよりほかにないもの達である。学説が正しければ、本種は他のものが手出しできないまたと無いニッチ(生態的地位)を獲得していたことになろう。

アンドリューサルクスの食性については、次に挙げる3つの説が現在の主流となっている。

  1. 水辺などで小型・中型の動きの速くない動物や貝類を漁るもの(厳密にはこれも肉食であるが)。
  2. 陸生大型哺乳類や水際に打ち上げられた大型水生動物の死体を主食とする腐肉食獣(スカヴェンジャー、屑あさり)。
  3. 草の根であろうと何であろうと貪欲に口にする雑食獣。

食性のいかんにかかわらず、始新世という時代にあって彼らが獲物としたもののなかには、同じ地域で当時最大の草食獣であったエンボロテリウムなどもいたと思われる。黎明期にあったクジラ類も水際で手に入れやすかったかもしれない。アンドリューサルクスの巨躯を維持するに十分な生物量がそこにはあった。時代の気候は高温であり、動物相の豊富さに疑いの余地は無い。

絶滅

ファイル:Andrewsarchus1.jpg
Andrewsarchus mongoliensis
(生態復元図の一例)

しかし、次の世である漸新世が訪れようとするとき、当時の環境の中心的役割を果たしていたであろうテティス海が、完全な消滅に向けて縮小を始めていた。これは、急速に北上を続けるインド亜大陸がユーラシア大陸の南岸に衝突し、ヒマラヤ山脈を初めとする地殻の大隆起を引き起こすという、白亜紀から続く大陸移動の流れの本格化であった。テティス海(そのアジアの部分)が細って消えてゆくなか、地球規模での気候変動に生態系は多大な影響を受けたはずであり、また、ヒマラヤの本格的な造山運動とそれに先立つ活動が多くの生物を絶滅させたであろうことは想像にかたくない。アンドリューサルクスが生息した地域の場合、乾燥化に見舞われたであろうことが言われており、彼らはそのような時代に絶滅していった動物であった。

また、それとは別に以前から言われていることではあるが、彼らはその体の造りから動きがさほど敏捷でなかったとされており、また、脳容積も大きいとは言えなかった。そして、遅れて台頭してくる[6] 肉歯目に比べての前時代的劣等性は否めない。アンドリューサルクスらが滅びた後にそのニッチを肉歯目が埋めたのか、競合によってアンドリューサルクスらが淘汰され、取って代わられるような状況もあったのかは分からないが、それは気候変動以外で絶滅の一因となりそうな事柄であろう。
いずれにしても彼らは、漸新世を迎えることなく絶滅した。しかし、後釜に座った(もしくは、取って代わった)肉歯目もまた、気候変動かあるいはより洗練された食肉目の進化・台頭によって、同じような運命をたどることとなる。そのようにして、今日の肉食獣は完新世を生きているのであり、アンドリューサルクスと肉歯類はその姿を見ることはない。画像と解説([7])。

冠されるべき称号

アンドリューサルクスと他の肉食獣との頭蓋骨の比較図
上段は左から順に、メソニクス・オブトゥシデンス、アラスカハイイログマシンリンオオカミであり、下段の2つがアンドリューサルクス・モンゴリエンシス(上顎骨の裏と表)。
人()と巨大な陸生肉食動物の大きさ比較(アンドリューサルクス、ホッキョクグマ、スピノサウルスギガノトサウルスティラノサウルスアロサウルストルヴォサウルスen

アンドリューサルクスは「史上最大の陸生肉食獣」と表現されることがある。しかし、実際には「最大」をこれと断じ得る種は存在せず、よって、語られるものの全ては最高位を複数とする「最大級」である。そして、頭骨長83.4cmで体長(頭胴長)382cmの本種は、まずは間違いなく現在知られる限りでの最大級と言える。

北米に現生のシンリンオオカミ(アラスカオオカミ、Canis lupus occidentalis)との体長比較では約3倍であるという。現生ネコ科で最大のトラは体長(頭胴長)190- 220cm、全長240- 330cm、体重180-310kg(最大値384kg)。全長(頭胴長+尾長)でもアンドリューサルクスの体長に及ばない。現生最大のホッキョクグマは体長(頭胴長)約220-280cm[8]。体長では明らかにアンドリューサルクスのほうが上を行っている。ただし、ホッキョクグマは平均体重250- 500kgと質量が大きい[9]。史上最大のクマとして知られるホラアナグマen)は体長約3mながら、推定体重約400-600kgと重量級である。体重については、日本のヒグマで平均300kg未満(最大値450kg)、北米のハイイログマ(グリズリー)で平均450kg[10]未満であるが、アンドリューサルクスの数値は180-450kgの間のどこかにあると推算されている。つまり、巨大肉食獣のなかにあって質量的には特筆するほどの値ではないと言える[11]肉歯目ヒアエノドン科en)のメギストテリウムen)も推定体長4m、推定体重900kgとされる。5- 6mで1,500kgとする説もあって、それが事実であれば間違いなく最大であるが、推定値の信憑性に疑問が残る。この種は腐肉食獣であった。

脚注

  1. ^ 分類学上、未整理の階級。
  2. ^ 1924年、ヘンリー・フェアフィールド・オズボーンによるMesonyx obtusidens との比較推算。
  3. ^ 400~1,000lb=181.4~453.6kg。上に同じくオズボーンによる推算。
  4. ^ ロイ・チャップマン・アンドリュ-スは有名な米国人探険家であり、博物学者。映画『インディ・ジョーンズ』シリーズの主人公インディアナ・ジョーンズのモデルの一人ではないかと噂される人物である。ただ、スティーヴン・スピルバーグ監督がそれについて言及したことはない。
  5. ^ 現生種ではライオンが大きくても約43cm程度。つまり、本種の頭蓋骨はその特徴的な細長い形で尺を稼ぐとは言え、ライオンのほぼ倍の大きさである。
  6. ^ 以前からいたが、より競合力に優れた形質への進化に成功して分布を拡げた、という意味。
  7. ^ Artistic reconstruction :この想像画では(純粋な肉食獣説に基づき)、アンドリューサルクスが奇蹄目ブロントテリウム科エンボロテリウムを襲っている。後方から様子をうかがっているのは、肉歯目オキシアエナ科en)のサルカストドンen)である。そして、手前には後に肉食獣の最終的勝利者となる食肉目の初期のものが描かれている。また、樹上にいるのは霊長目である。
  8. ^ 最大値はもっと上であるが、現生種のみ最大値で比較することは科学的ではない。化石種の標本がたまたま通常より大きな個体である可能性もゼロではないが、特に問題にしなければならないほどの確率ではないであろう。
  9. ^ 平たく言えばこれは、のっぽ型とがっしり型、そっぷ型あんこ型で比べているようなものである。
  10. ^ 1,000lb=453.6kg。ポンドのほうは Henry Osborn が提示した数値。
  11. ^ 本種を専門とする古生物学者による数値ではあるが、これはあくまで憶測の範疇である。BBC (2001). Walking with Prehistoric Beasts (DVD). British Broadcasting Corporation. ISBN 0-7907-6195-5 

関連項目

外部リンク