園井啓介

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そのい けいすけ
園井 啓介
本名 園井 啓介
生年月日 (1932-03-27) 1932年3月27日(92歳)
出生地 大日本帝国の旗 東京府東京市浅草区
(現・東京都台東区浅草
活動期間 1954年 - 1975年
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園井 啓介(そのい けいすけ、1932年3月27日 - )は、日本の元俳優

来歴・人物[編集]

東京市浅草生まれ。本名・永井之弘。1950年、東京都立工芸高等学校木材工芸科を卒業して新東宝美術部に入り、映画装置の助手を務める。1953年に劇団青俳の国民文化研究所演劇科に入り、54年青俳に入団、テレビに初出演し、57年からNHK「刑事部屋物語」、日本テレビ「見事な娘」などに出演。58年、青俳を退団、フリーとなってNHK「事件記者」に山崎記者の役で出演、人気を集める。59年、日活映画「事件記者」に同じ役で出演、62年松竹と契約、TBSテレビのドラマ「あの橋の畔で」の映画化で主役に起用され、桑野みゆきを相手役に二枚目を演じる。65年、松竹を離れ、TBS「木下恵介劇場・二人の星」に主演したのち、68年のTBS「おやじ太鼓」などに出演し地位を固める。「セブンショー」の司会としても活躍。

1973年、19歳下の新川なが子と結婚、同年10月5日、株の売買で得た所得2億1360万円を申告せず、1億6000万円の所得税を脱税した疑いで東京国税局に追加納税される。74年、東京地検特捜部に起訴され、75年東京地裁で、懲役十ヶ月、執行猶予2年、罰金2500万円の判決を受け、芸能界を引退した[1]

出演[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『日本映画人名事典 男優篇』
  2. ^ 『ACC CM年鑑'61/'62/'63』(全日本CM協議会編集、三彩社、1964年 62頁)

外部リンク[編集]