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ヴラディミル・ヴァイス (1989年生のサッカー選手)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ヴラディミル・ヴァイス
スロバキア代表でのヴァイス (2014年)
名前
ラテン文字 Vladimir Weiss
基本情報
国籍 スロバキアの旗 スロバキア
生年月日 (1989-11-30) 1989年11月30日(34歳)
出身地 チェコスロバキアの旗 チェコスロバキア ブラチスラヴァ
身長 173cm
体重 58kg
選手情報
ポジション MF (SH)
利き足 右足
ユース
スロバキアの旗 インテル・ブラチスラヴァ
0000-2009 イングランドの旗 マンチェスター・シティ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2009-2012 イングランドの旗 マンチェスター・シティ 1 (0)
2010 イングランドの旗 ボルトン (loan) 13 (0)
2010-2011 スコットランドの旗 レンジャーズ (loan) 23 (5)
2011-2012 スペインの旗 エスパニョール (loan) 28 (3)
2012-2013 イタリアの旗 ペスカーラ 22 (4)
2013-2014 ギリシャの旗 オリンピアコス 17 (4)
2014-2016 カタールの旗 レフウィヤ 43 (30)
2016-2020 カタールの旗 アル・ガラファ 59 (25)
2020-2024 スロバキアの旗 スロヴァン・ブラチスラヴァ 74 (21)
代表歴
2007  スロバキア U-19 3 (0)
2008-2009  スロバキア U-21 8 (1)
2009-2022 スロバキアの旗 スロバキア 77 (8)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ヴラディミル・ヴァイス(Vladimir Weiss, 1989年11月30日 - )は、スロバキアブラチスラヴァ出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはMF。元スロバキア代表

父は元スロバキア代表監督のヴラディミル・ヴァイス・シニア。また同名の祖父もサッカー選手であった。

経歴

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マンチェスター・シティFCのアカデミー出身の期待の若手。2007-2008シーズンのFAユースカップ優勝時の中心メンバー。このカップ戦の決勝戦、対チェルシーFC戦でFKを決め、勝利に貢献した。2008-09シーズンの最終節、対ボルトン・ワンダラーズFC戦でスティーブン・アイルランドとの途中交代で、トップチームデビューを果たし、2009年8月19日にFCバルセロナを相手に敵地カンプ・ノウで開催されたジョアン・ガンペール杯にスタメンで出場し、果敢なドリブル突破をみせ勝利に貢献した。この試合後、マーク・ヒューズ監督は「バルサの若手選手の層は素晴らしい。だが私はヴァイスが今晩のベストプレーヤーだったと思う」と評した。

2010年1月から半年間、ボルトン・ワンダラーズFCへ、2010-11シーズンはレンジャーズFCへ、2011-12シーズンはRCDエスパニョールへそれぞれレンタル移籍を繰り返していた。

レンタル期間終了に伴い、マンチェスター・シティへ復帰したが、既にロベルト・マンチーニ監督の構想には入っておらず、2012年8月2日、デルフィーノ・ペスカーラ1936へ完全移籍。

2013年6月、オリンピアコスFCへ移籍[1]

2014年1月26日、カタール・スターズリーグレフウィヤSCに移籍。

2016年1月、アル・ガラファに4年半の契約で移籍。

2020年2月、ŠKスロヴァン・ブラチスラヴァに移籍。

2024年10月2日、現役引退を表明した[2]

代表歴

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2009年8月12日の親善試合・アイスランド戦でスロバキア代表デビュー。当時は父親が代表を率いていたこともあり、批判もあったが、実力で雑音を払拭し、スロバキアを初めてFIFAワールドカップ本大会に導いた。2010年10月8日のUEFA EURO 2012予選アルメニア戦で代表初得点を挙げた。2018年11月にはパヴェル・ハパル英語版監督との確執もあり、29歳で代表引退を表明していたが、UEFAネーションズリーグ2018-19での不振で解任されたハパル監督の後任となったシュテファン・タルコヴィッチ英語版監督に交代後の2021年3月に2年4か月ぶりの復帰を果たし、そのままUEFA EURO 2020のエントリーメンバーに選出された。

タイトル

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クラブ

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レンジャーズFC
オリンピアコスFC
レフウィヤSC
ŠKスロヴァン・ブラチスラヴァ

脚注

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外部リンク

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