コンテンツにスキップ

RZA

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2009年.

RZAリッザ、本名 ロバート・ディグス(Robert Diggs)、1969年7月5日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨークブルックリン区ブラウンズヴィル出身のヒップホップアーティストプロデューサーラッパー俳優映画監督

人物

[編集]

名前は、本名の頭文字と、「カミソリ」を意味する「Razor」をもじったもので、曲中では「レザ」と発音されることが多い(ときに「Razor Sharp」と自称する)。ウータン・クランの事実上のリーダーであり、またグレイブディガズの一員でもある。

Wu-Tang Clanは1992年12月にファーストシングル「Protect Ya Neck」をリリースした。その後、1993年にMasta Killaがグループに加わり、9人目のメンバーとなった。彼らは1993年11月にデビューアルバム「Enter the Wu-Tang (36 Chambers)」をリリースした。RZAはWu-Tang Clanの事実上のリーダーとして活動し、グループの曲をプロデュースし、誰がどのトラックに配置されるかを決定した。

1994年-1996年: グレイヴディグガズとウータンのソロプロジェクトでは、グループのメンバーがソロ活動を始め、RZAは1994年から1996年にかけてWu-Tangがリリースしたほぼすべての作品をプロデュースし続け、これにはインストゥルメンタルトラックの作曲とアレンジ、そして創造的なプロセスの監督と監督が含まれていた。彼はメンバーたちのソロ活動や、グループと関係するアーティストたちの作品のプロデュースも手がけてきた。ボビー・デジタル名義の2枚のアルバムを含め、ソロアルバムでの成功も収めた他、いくつかの映画音楽も手がけてきた。彼の音楽性は、常に進化してきている。また、早回しにされたソウル音楽のサンプリングの使用、カニエ・ウエストジャスト・ブレイズなどの人気プロデューサーに影響を与えたこと、非常に高音で活用される弦楽器音、アバンギャルド的な音楽性、アンダーグランド・ヒップホップ界のアーティストたちの創造性を刺激してきた実験的な手法など、ヒップホップに革新をもたらしてきた。ウータン・クランの特徴的な音作りは、彼の手でなされてきたと言ってよい存在である。マーシャルアーツ映画を愛好し、創作活動の面で映画からは大きな影響を受けている。彼にとっての特別な作品としては『五毒拳』、『少林寺三十六房[1]、『獣兵衛忍風帖』、『北斗の拳[2]等のカンフー映画アニメがあり、そのことから、映画関係者から仕事を依頼されることも多い。これまで映画関連で携わった仕事は音楽製作に留まらず出演や監督にまで及ぶ。

ディスコグラフィ

[編集]
  • Bobby Digital In Stereo (1998)
  • Digital Bullet (2001)
  • Birth of a Prince (2003)
  • Digi Snacks (2008)

フィルモグラフィ

[編集]

脚注/参照

[編集]
  1. ^ RZA’s Edge: The RZA’s Guide to Kung-Fu Films
  2. ^ Newsarama.com : The RZA - Laying Down Afro Samurai's Beats

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]