gosaku

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gosaku
プロフィール
リングネーム gosaku
五所川原吾作
バイオモンスターDNA
工藤あづさ
本名 工藤梓
ニックネーム 隣のデスマッチ王
青森のデスマッチ王
身長 185cm
体重 120kg
誕生日 (1976-10-08) 1976年10月8日(41歳)
出身地 青森県黒石市
デビュー 1993年11月21日
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gosaku(ゴサク、1976年10月8日 - )は、日本の男子プロレスラー青森県黒石市出身。フリーランス。

複数のリングネームを名乗ったことがあるが、現在はgosaku(ごさく)として活動している。本名は工藤 梓(くどう あづさ)。

一部で「隣のデスマッチ王」、「青森のデスマッチ王」と呼ばれている。

経歴[編集]

弘前大学附属中学校を卒業後、FMWに入団。同期には、田中正人(現:田中将斗)・PWCから移籍した黒田哲広がいる。

1993年11月21日、五所川原吾作としてデビュー(対戦相手は黒田哲広)。

デビュー直後はミスター珍とのコミカルな試合が定番となっていた。アンダーテイカー吾作と名乗って試合を行ったこともある。

体格が良く、要領も良かったため期待されたが、それに慢心したのと生来ののんびり屋の性格が災いして伸び悩む。ふがいない試合を続け、挙句にはリング上で田中や黒田にリンチ制裁を受ける破目になった。

技術・人気の伸び悩みから脱するため大矢剛功ミスター・ポーゴに弟子入りしたが、いずれも長続きせずファンの批判を浴びた。

性転換レスラー工藤あづさとしてマスコミに取り上げられた時期もあったが、特異なキャラクターを試合に活かしきれず人気を得ることはなかった。また、一時期はバイオモンスターDNAとしてモンスターに似た着ぐるみを着用し試合を行っていた。gosakuの体格を生かしたキャラクターではあったが、これも人気を得ることがなかった。

2002年FMWが倒産してからは、WEW大日本プロレスWMFでデスマッチファイターとして活動した。2007年4月14日には「敗者WMF追放〜ホスト式スクランブルバンクハウス有刺鉄線ボード・ルーザーリーブタウンデスマッチ」で神威に敗れ、WMFを追放。

2010年3月、ガッツワールド入団。2011年12月9日、所属していたガッツワールドから「度重なる試合の無断欠場と私生活の乱れ」を理由に解雇。

2015年5月17日、プロレスリングFREEDOMS神威10周年記念大会に「五所川原吾作」名義で参戦、タッグマッチで神威と対戦し敗北。

2015年6月19日、故郷・青森にて「つがるプロレス」旗揚げの看板レスラーとして発足発表[1]。しかし「団体の理念に私生活が似つかないこと、体調管理がなっていないこと」を理由にオファーを終了[2]、2016年脱退[3]

リングネーム[編集]

工藤梓が名乗ったことがあるリングネーム。

  • 五所川原吾作
  • アンダーテイカー吾作(ジ・アンダーテイカーのパロディ)
  • ミスター・ポーゴ(2代目を襲名・俗称「ポ吾作」)
  • 工藤あづさ(オカマキャラに扮する)
  • バイオモンスターDNA
  • gosaku(現在も使用中)

得意技[編集]

タイトル歴[編集]

テーマ曲[編集]

エピソード[編集]

  • FMWに入団当時、同姓の工藤めぐみが在籍していた。そのため、本名ではなくターザン後藤によって命名された五所川原吾作としてデビューすることとなった。また、中性的な本名から先輩レスラーから「(工藤めぐみの)妹が入団してきたぞ」とからかわれたという。
  • メディアに記載されるプロフィール中の本名を有田哲平(ありた てっぺい)としていた。これは、オカマキャラ(工藤あづさ)時代との整合性をつけるため、その時代を無かったことにしたいためだと考えられている。
  • 2006年6月に「居酒屋ごさく」を神奈川県座間市にオープンしたが、半年後に閉店。
  • トマトが大嫌い。

映画[編集]

脚注[編集]