勇足駅
表示
勇足駅 | |
---|---|
ゆうたり Yūtari | |
◄大森 (4.3 km) (2.7 km) 南本別► | |
所在地 | 北海道中川郡本別町勇足元町24-14 |
所属事業者 | 北海道ちほく高原鉄道 |
所属路線 | ふるさと銀河線 |
キロ程 | 20.8 km(池田起点) |
電報略号 | ユタ |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 1面1線 |
開業年月日 | 1910年(明治43年)9月22日 |
廃止年月日 | 2006年(平成18年)4月21日 |
備考 | ふるさと銀河線廃線に伴い廃駅 |
勇足駅(ゆうたりえき)は、北海道中川郡本別町勇足元町24-14[1]にあった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅である。国鉄・JR北海道池北線時代の電報略号はユタ。事務管理コードは▲110503[2]。
歴史
- 1910年(明治43年)9月22日:鉄道院網走線池田駅 - 淕別駅(→陸別駅)間開業にともない開業する[3][4]。一般駅[3]。
- 1911年(明治44年)11月18日:線名改称。池田 - 網走間を網走本線とする。
- 1949年(昭和24年)6月1日:公共企業体である日本国有鉄道に移管。
- 1961年(昭和36年)4月1日:路線の呼称変更により池北線の駅となる[5]。
- 1962年(昭和37年)11月10日:大日本製糖(後の北海道糖業)本別工場操業開始に伴い、専用線使用開始。
- 1984年(昭和59年)2月1日:貨物・荷物取扱い廃止[6]。製糖工場専用線廃止。
- 1986年(昭和61年)
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により北海道旅客鉄道に継承[9]。
- 1989年(平成元年)6月4日:経営移管により、北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅となる[10][11]。
- 1993年(平成5年)11月27日:駅舎改築[12]。
- 2006年(平成18年)4月21日:ふるさと銀河線廃線により廃止。
駅名の由来
所在地名より。アイヌ語の「エサンピタㇻ(e-san-pitar)」(頭が・前(浜の方)に出ている・川原)に「勇(いさみ」「足(たり)」の字を当て、「勇足(えさんぴたら)」と読ませていたが、後年読みが転じて「ゆうたり」となった[13][14][15]。
駅名の読みは当初より「ゆうたり」である[3]。
駅構造
単式ホーム1面1線を有する地上駅で無人駅である。駅舎はコミュニティーセンターとの合築である。
1986年(昭和61年)10月28日までは交換設備を有する列車交換可能駅であった[7]。
かつては当駅から南本別駅裏手の北海道糖業(合併前は大日本製糖)本別製糖所へ専用線が伸びていた[16]。
駅跡地
駅舎はコミュニティセンターとしてそのまま残っている。
駅周辺
- 北海道道659号勇足停車場線
- 国道242号・北海道道134号本別士幌線
- 本別警察署勇足駐在所
- 勇足郵便局
- 十勝バス「勇足」停留所
隣の駅
脚注
- ^ 『10年』 p. 104
- ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、236頁。doi:10.11501/1873236 。2022年12月10日閲覧。
- ^ a b c 内閣印刷局, ed (1910-09-17). “鉄道院告示 第81号”. 官報 (国立国会図書館デジタルコレクション) (8174) .
- ^ 『北海道 駅名の起源』(第1版)日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、145頁。ASIN B000J9RBUY。
- ^ 『JR釧路支社』 p. 96
- ^ 『JR釧路支社』 p. 113
- ^ a b 『JR釧路支社』 p. 116
- ^ 『JR釧路支社』 p. 117
- ^ 石野哲(編)『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』JTB、1998年、892頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
- ^ 『JR釧路支社』 p. 122
- ^ 『10年』 p. 105
- ^ 『10年』 p. 108
- ^ “アイヌ語地名リスト モク~リ P131-140”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2017年10月19日閲覧。
- ^ 札幌鉄道局編 編『駅名の起源』北彊民族研究会、1939年、100頁。NDLJP:1029473。
- ^ 『北海道 駅名の起源』(第1版)日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、145頁。ASIN B000J9RBUY。
- ^ 全国専用線一覧によると作業距離は2.4km、総延長5.0km。
参考文献
- 『JR釧路支社 鉄道百年の歩み』北海道旅客鉄道釧路支社、2001年。
- 『ふるさと銀河線10年のあゆみ』ふるさと銀河線10周年記念事業実行委員会、1999年。