コンテンツにスキップ

ラピディティ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。ぐしー (会話 | 投稿記録) による 2022年8月27日 (土) 01:50個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (曖昧さ回避ページ無限大へのリンクを解消、リンク先を無限に変更(DisamAssist使用))であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

相対性理論において、ラピディティ (: Rapidity) とは運動の大きさを表現する無次元量である。相対論的な速度とは異なり、ラピディティには並進速度については(言い換えれば、一次元空間においては)単純な加法性が備わる。低速域ではラピディティと速さは近似的に比例関係にあるが、高速域ではラピディティの方が大きくなっていく。光速に対応するラピディティは無限大である。

逆双曲正接関数 artanh を用いて、ラピディティ φ速さ v から φ = arctanh v/c のように算出される。したがって、低速域では φ は近似的に v / c と等しい。

光速 c は有限であり、速さ v は必ず不等式 c < v < c を満たすため、v / c は不等式 −1 < v / c < 1 を満たす。逆双曲正接関数の定義域は区間 (−1, 1) であり、値域実数全体であるため、速さの区間 c < v < c はラピディティの区間 −∞ < φ < ∞ に対応する。

数学的には、ラピディティは相対的に運動する二つの基準系空間軸および時間軸の間の双曲角英語版により定義される。

歴史

1908年ヘルマン・ミンコフスキーローレンツ変換が時空座標系の単純な双曲回転英語版、つまり虚数角度の回転とみなせることを示した[1]。従って、この角度は慣性系の(一次元的な)相対速度の単純で加法的な尺度とすることができる[2]。ラピディティは1910年ホイッテーカー[3]ワリチャク英語版[訳語疑問点]により用いられた。「ラピディティ」という用語は1911年アルフレッド・ロッブ英語版により初めて用いられ[4]、その後1912年にはワリチャク[訳語疑問点]1914年にはシルバーシュタイン英語版1936年にはモーリー2001年にはリンドラー英語版など多くの研究者により用いられるようになった。ラピディティの理論的発展は主にワリチャク[訳語疑問点]によるものであり、1910年から1924年までの彼の著書にそれを見ることができる[5]

一次元空間におけるラピディティ

ラピディティ φローレンツブースト行列積による表式

に現われる。行列 Λ(φ) のような対称行列で、かつ pqp2q2 = 1 を満たすような行列であり、したがって点 (p, q) は単位双曲線の上に乗り、双曲線関数で表現することができる。このような行列全体は、単位反対角行列によって張られるリー代数を持つ不定値直交群 O(1,1)英語版を成す。この作用は時空図上に表現することができる。行列指数関数の記法を用いると、 Λ(φ) = eZφ のように表わすことができる。ここで、 Z は単位反対角行列

である。また、以下の式は簡単に示すことができる。

この式により、ラピディティの有用な特性である、加法性が確立される。すなわち、A, B, C基準系とし、 基準系 P からみた基準系 Q のラピディティを φPQ と表わすものとすると、次の式が成り立つ。

この式の単純さは、相対論的な速度の合成則英語版とは対照的である。

上で示したようなローレンツ変換は、ローレンツ因子 と一対一対応するため、γβ を用いたローレンツ変換の表式に暗黙のうちに用いられていると考えることもできる。速度の合成則 にも、 および、

を用いることにより関連づけることができる。

固有加速度英語版(加速を受けている物体が「感じる」加速度)は、固有時(加速を受けている物体から測った時間)あたりのラピディティの変化率で表わすことができる。従って、ある慣性系において非相対論的な加速度を静止状態から一定の速度に達するまでにかかる時間で割って求めるのと同様に、ある基準系で測ったある物体のラピディティをその物体の速度の代わりに用いることができる。

ドップラーシフト英語版因子とラピディティ φ との間の関係式は、k = eφ と表わされる。

一次元以上の空間次元に対して

数学的な視点からは、相対論的に可能な速度全体は多様体を成し、その計量テンソルは固有加速度に対応する(上節参照)。この空間は平坦ではなく(つまり、双曲空間英語版であり)、ラピディティはある基準系におけるある速度からゼロ速度までの距離として与えられる。上記の一次元空間の場合と同じようにラピディティを加減算することは、対応する相対速度が平行であれば可能であるが、一般の場合のラピディティの合成則は負の曲率のためにより複雑になる。 例えば、それぞれ φ1 および φ2 をラピディティとする二つの直交する運動を「加算」した結果は、ピタゴラスの定理から予想される値 よりも大きくなる。二次元におけるラピディティはポアンカレの円盤により可視化すると便利である[6]。円盤の端にある点は無限大のラピディティに対応する。測地線は定常加速に対応する。トーマス歳差英語版は三角形の角度、または面積の減少を負にした値に等しい。

実験素粒子物理学における応用

(静止)質量 m の粒子のエネルギー Eとスカラー運動量 |p| は次のように与えられる。

これを解くと、ラピディティをエネルギーと運動量の測定値から次のように計算することができる。

しかし、実験素粒子物理学者は粒子線の軸に沿ったラピディティを以下のように定義しなおして用いることが多い。

ここで、 pz は運動量の粒子線軸に沿った成分である[7]。 これは実験室系から粒子が粒子線に対して垂直にしか運動しない基準系へのローレンツブーストに対応するラピディティに等しい。これに関連する概念として、擬ラピディティがある。

関連項目

脚注・出典

  1. ^ Minkowski, Hermann (1908). “Die Grundgleichungen für die elektromagnetischen Vorgänge in bewegten Körpern”. Nachrichten von der Gesellschaft der Wissenschaften zu Göttingen, Mathematisch-Physikalische Klasse: 53–111. 
  2. ^ Arnold Sommerfeld (1909). “Über die Verteilung der Intensität bei der Emission von Röntgenstrahlen”. Physikalische Zeitschrift. 
  3. ^ E. T. Whittaker (1910). A History of the Theories of the Aether and Electricity. Dublin University Press  1953年の改版では、理論的整合性をもってラピディティが用いられている。
  4. ^ Alfred Robb (1911). Optical geometry of motion : a new view of the theory of relativity. p. 9 
  5. ^ Wikisourceに彼の論文の翻訳があるので、参照のこと。
  6. ^ Rhodes, John A.; Semon, Mark D. (2003). “Relativistic velocity space, Wigner rotation, and Thomas precession”. American Journal of Physics 72 (7): 943–961. http://www.bates.edu/%7Emsemon/RhodesSemonFinal.pdf. 
  7. ^ Amsler, C. et al. (2008). “The Review of Particle Physics” (PDF). Physics Letters B 667: 1-6. doi:10.1016/j.physletb.2008.07.018. http://pdg.lbl.gov/2009/reviews/rpp2009-rev-kinematics.pdf.