桑津 (大阪市)
桑津 | |
---|---|
北緯34度38分21.1秒 東経135度31分43.5秒 / 北緯34.639194度 東経135.528750度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 大阪府 |
市町村 | 大阪市 |
区 | 東住吉区 |
面積 | |
• 合計 | 0.562959911 km2 |
人口 | |
• 合計 | 10,513人 |
• 密度 | 19,000人/km2 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
546-0041[3] |
市外局番 | 06(大阪MA)[4] |
ナンバープレート | なにわ |
桑津(くわづ)は、大阪府大阪市東住吉区の町名。東住吉区を構成する19町のうちの1町である。現行行政地名は桑津一丁目から桑津五丁目。
地理
桑津は東住吉区の北西部に位置する。
北部は生野区林寺、東部は東住吉区杭全、南部は東住吉区西今川及び駒川、西部は東住吉区北田辺、阿倍野区天王寺町南と隣接する。北部は国道25号が横断して生野区との境界線となり、関西本線がそのすぐ南側を並行する。また、東部は駒川と今川が北に向かって流れ、今川の西岸が杭全との境界線となっている。西部は、近鉄南大阪線が縦貫し、北田辺との境界線となっている。
地名の由来は、『応神紀』に河内国桑津邑が見え、桑を栽培した所と解されている[5]。
街構造
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地域概要
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- 用地地域
- 地価
世帯数と人口
2019年(令和元年)9月30日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]。
丁目 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
桑津一丁目 | 1,580世帯 | 3,105人 |
桑津二丁目 | 896世帯 | 1,807人 |
桑津三丁目 | 1,273世帯 | 2,650人 |
桑津四丁目 | 715世帯 | 1,518人 |
桑津五丁目 | 707世帯 | 1,433人 |
計 | 5,171世帯 | 10,513人 |
年代 | 人口 | 男性 | 女性 | 比率 |
---|---|---|---|---|
0~14歳 | 1,263名 | 629名 | 634名 | 12.0% |
15~64歳 | 6,585名 | 3,201名 | 3,384名 | 62.7% |
65~79歳 | 1,799名 | 855名 | 944名 | 17.1% |
80歳以上 | 420名 | 132名 | 288名 | 8.2% |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
1995年(平成7年) | 10,157人 | [6] | |
2000年(平成12年) | 10,425人 | [7] | |
2005年(平成17年) | 10,323人 | [8] | |
2010年(平成22年) | 10,691人 | [9] | |
2015年(平成27年) | 10,511人 | [10] |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
1995年(平成7年) | 4,081世帯 | [6] | |
2000年(平成12年) | 4,297世帯 | [7] | |
2005年(平成17年) | 4,411世帯 | [8] | |
2010年(平成22年) | 4,710世帯 | [9] | |
2015年(平成27年) | 4,541世帯 | [10] |
歴史
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- 古代
- 中世
- 近世
- 近代・現代
- 1889年(明治22年)、町村制が施行され、大阪府住吉郡桑津村は北百済村の大字となる。
- 1896年(明治29年)、郡の統廃合により、大阪府東成郡の所属となる。
- 1925年(大正14年)、大阪市に編入され、大阪府東成郡北百済村大字桑津は、大阪市住吉区桑津町となる。
- 1943年(昭和18年)、分区が行われ、桑津町は東住吉区・阿倍野区・生野区に分割編入される。
- 1951年(昭和26年)
- 阿倍野区桑津町が廃止され、天王寺町南1 - 3丁目・天王寺町北1 - 3丁目・美章園1 - 3丁目・文の里1 - 4丁目となる。
- 東住吉区林寺町・生野新家町と桑津町・天王寺町・北田辺町・杭全町の各一部より、桑津町1 - 8丁目成立(1980年、桑津1 - 5丁目・北田辺1 - 6丁目となる)
- 1959年(昭和34年)、生野区桑津町が廃止され、林寺町1 - 5丁目に編入される。
- 1980年(昭和55年)、東住吉区桑津町と桑津町1 - 8丁目の一部より、桑津1 - 5丁目成立[11]。
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[12]。なお、小学校・中学校入学時に学校選択制度を導入しており、通学区域以外に東住吉区の小学校・中学校から選択することも可能[13]。
丁目 | 番 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|---|
桑津一丁目 | 全域 | 大阪市立桑津小学校 | 大阪市立東住吉中学校 |
桑津二丁目 | 全域 | ||
桑津三丁目 | 全域 | ||
桑津四丁目 | 全域 | ||
桑津五丁目 | 全域 |
事業所
2016年(平成28年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[14]。
丁目 | 事業所数 | 従業員数 |
---|---|---|
桑津一丁目 | 129事業所 | 1,164人 |
桑津二丁目 | 73事業所 | 587人 |
桑津三丁目 | 86事業所 | 472人 |
桑津四丁目 | 56事業所 | 441人 |
桑津五丁目 | 55事業所 | 402人 |
計 | 399事業所 | 3,066人 |
施設
桑津遺跡
桑津小学校の校門脇に、桑津遺跡の石碑が建立されている。この遺跡は、東住吉区北西部一帯に所在する縄文時代前期から中世にかけての複合遺跡で、上町台地の東斜面標高3~6mに存在している。最古のものでは、東住吉中学校の校内から旧石器時代の尖頭器が発見され、このことから桑津近辺では、1万年前から人類が定住していたことを物語っている。
桑津環濠集落
桑津一帯は17世紀前半、大坂夏の陣で激戦地となったこともあり、それから住民たちは四方に環濠を掘り、夜間は木戸を閉め、域内の道路は狭くて見通しが効かないように工夫して、外部からの侵入者を惑わせる町(環濠集落)を築いた。環濠は昭和初期まで存在し、現在は道路として埋め立てられたが、その名残りは現在でも、互い違いの四辻や狭隘な街路として今に偲ばせている。また、バス停の停留所名で、北口・東口・西口・南口と揃っているのは、日本全国で桑津のみである。
寺社
公共交通機関
地区内に鉄道駅は無い。
バス
2020年4月現在
その他
日本郵便
警察・消防
脚注
- ^ “大阪府大阪市東住吉区の町丁・字一覧”. 人口統計ラボ. 2019年10月20日閲覧。
- ^ a b “住民基本台帳人口・外国人人口”. 大阪市 (2019年12月12日). 2019年12月24日閲覧。
- ^ a b “桑津の郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月15日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
- ^ 「日本地名事典」 新人物往来社
- ^ a b “平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年3月28日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年5月30日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年6月27日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2012年1月20日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2017年1月27日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, pp. 453–454.
- ^ “通学区域一覧” (PDF). 大阪市東住吉区 (2019年8月27日). 2019年12月24日閲覧。 “(ファイル元のページ)”
- ^ “「東住吉区学校案内(令和2年4月入学者対象)」を作成しました”. 大阪市東住吉区 (2019年8月27日). 2019年12月24日閲覧。
- ^ “平成28年経済センサス-活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 都道府県別結果”. 総務省統計局 (2018年6月28日). 2019年10月23日閲覧。
- ^ “大阪シティバス路線図”. Osaka Metro (2020年4月1日). 2020年7月24日閲覧。
- ^ “郵便番号簿 2019年度版” (PDF). 日本郵便. 2019年11月4日閲覧。
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 27 大阪府』角川書店、1983年10月。ISBN 4-04-001270-4。
関連項目
阿倍野区天王寺町北、阿倍野区天王寺町南 | 生野区林寺 | 東住吉区今林 | ||
阿倍野区美章園、東住吉区北田辺 | 東住吉区杭全 | |||
桑津 | ||||
東住吉区西今川、東住吉区駒川 |