離宮八幡宮

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離宮八幡宮
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本社拝殿
所在地 京都府乙訓郡大山崎町大山崎西谷21-1
位置 北緯34度53分30.5秒
東経135度40分46.3秒
座標: 北緯34度53分30.5秒 東経135度40分46.3秒
主祭神 応神天皇神功皇后酒解大神比売三神
社格 府社
創建 859年(貞観元年)
本殿の様式 流造
例祭 9月15日
地図
離宮八幡宮の位置(京都府内)
離宮八幡宮
離宮八幡宮
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離宮八幡宮(りきゅうはちまんぐう)は京都府乙訓郡大山崎町にある神社

概要[編集]

石清水八幡宮の元社にあたる神社。八幡大神を祭神とする。

貞観元年(859年)に清和天皇が、神託により国家安泰のため宇佐神宮から分霊し平安京守護神として奉安することとし、その時に九州に使わされた大安寺の僧行教が帰途山崎の津(当時の淀川水運の拠点港)で神降山に霊光を見、その地より石清水の湧いたのを帰京後に天皇に奏上したところ、国家鎮護のため清和天皇の勅命により「石清水八幡宮」が建立された。

その後、嵯峨天皇の離宮「河陽(かや)離宮」跡であったので社名を離宮八幡宮とした。また、貞観年間に神官が神示を受けて「長木」(てこを応用した搾油器)を発明し荏胡麻(えごま)油の製造が始まったことから、日本における製油発祥地とされる。その後「大山崎油座」の制度で荏胡麻油の販売権を独占して、多くの兵火に焼かれながらも江戸時代まで栄えた。

しかし、幕末「禁門の変」時に長州藩屯所が山崎にあったため、攻撃を受けて多くの商家とともに焼失。廃藩置県により社殿のすぐ西から大阪府に割譲し、さらに1871年明治4年)に境内北側を国策による鉄道事業にささげ、境内はさらに縮小した。

基本情報[編集]

惣門(高麗門)
鳥居、中門(奥)
中門(四脚門)
裏門
本殿・拝殿
多宝塔礎石
祇園しだれ桜
河陽宮故址
油祖像
製油発祥地碑
菅原道真腰掛け石
塔心礎

祭事[編集]

境内外社[編集]

武内社、天照皇太神社、蛭子神社、鹿島神社、気比宮、 高天宮神社、小禅師宮、勝手神社、腰掛天神社、高良社など

年表[編集]

<>は関連事項

文化財[編集]

重要文化財[編集]

  • 大山崎離宮八幡宮文書 28巻、1冊、1鋪、11通(附:漆塗文書箱2合)[1]

登録有形文化財(国登録)[編集]

  • 本殿
  • 拝殿
  • 中門
  • 透塀
  • 手水所
  • 高天宮神社

その他[編集]

  • 惣門 - 大山崎町指定文化財
  • 東門 - 大山崎町指定文化財
  • 塔心礎 - 大山崎町指定文化財

交通[編集]

周辺情報[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 1981年の重要文化財指定時の員数は「24巻、1冊、1鋪、52通」であったが、1993年に「28巻、1冊、1鋪、11通」に変更されている(平成5年1月20日文部省告示第5号)。文化庁サイトの「国指定文化財等データベース」では当該変更が反映されていない。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]