長崎のマグダレナ

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長崎のマグダレナ
個人情報
出生 1611年????
徳川葵 江戸幕府長崎
死去 1634年10月15日
徳川葵 江戸幕府長崎
聖人
記念日 10月20日
称号 長崎のマグダレナ
Sancta Magdalena Nagasaciensis
列福 1981年2月18日
マニラ
列福決定者 ヨハネ・パウロ2世 (ローマ教皇)
列聖 1987年10月18日
ヴァティカン
列聖決定者 ヨハネ・パウロ2世 (ローマ教皇)
主要聖地 マニラ、ビノンド教会
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長崎のマグダレナ(ながさきのマグダレナ、1610年 - 1634年10月15日)は、江戸時代初期のキリシタンドミニコ会第三会の修道女であり、1987年に「聖トマス西と15殉教者」の一人としてカトリック教会聖人に列せられた。

生涯[編集]

1610年(慶長15年)、マグダレナは長崎近郊の村にて誕生。両親は敬虔なキリシタン(カトリック信者)であり、後に殉教したといわれる。知られているのは生年、生誕地、洗礼名のみで、日本名は知られていない。

はじめ聖アウグスチノ修道会司祭の指導を受けたが、後にドミニコ会の司祭ジョルダーノ・アンサローネの指導を受けるようになる。彼女はその身を神にささげる決心をして第三会に入り、1632年寛永9年)ごろ誓願を果たしたが、修練が終わらないうちに、アンサローネ神父は逮捕され、自らも奉行に出頭しキリシタンの修道女であることを告白した。容姿が美しかったため、役人は棄教すればよい結婚ができると薦めたが彼女はそれを拒み、拷問にかけられても信仰を捨てなかった。それに業を煮やした役人は西坂でマグダレナを穴吊の刑に処し、逆さ吊りにされた彼女は殉教(死去)した。

1981年昭和56年)、マグダレナは殉教と英雄的聖徳を称えられ、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世によって、アンサローネ神父らとともにマニラ列福され、1987年(昭和62年)にローマで列聖された。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]

関連項目[編集]