貴羽山善之

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貴羽山善之(たかばやま よしゆき、1954年(昭和29年)3月31日 - )は、1970年代大相撲力士である。宮城野部屋に所属していた。身長183cm、体重111kg。

本名は高間義之、広島県呉市出身。呉港高等学校在学中の1971年(昭和46年)11月場所に初土俵を踏む。後輩の竹葉山真邦とともに、部屋の将来を担う人材と期待され、1978年(昭和53年)9月場所に十両に昇進、廣川の宮城野が継いでから初めての関取となった。足腰の良さや土俵際の粘りもあったが、左肩脱臼肝炎など故障も多く、十両在位4場所はすべて1場所で幕下に陥落していた。1981年(昭和56年)9月場所限り27歳で廃業、最高位は西十両10枚目(1981年(昭和56年)5月)だった。廃業後は帰郷し、料理店を経営した。

四股名について[編集]

当初は「高葉山」と名乗っていた。これは本名の「高間」と入門当時の師匠である「吉葉山」から採った。その後、姓名判断から「貴羽山(読みは同じ)」と改名したが、これは偶然にも、当時目標としていた「貴ノ花」と「鷲羽山」の四股名から採る結果となった。

なお初代「高葉山」は、師匠吉葉山が在籍していた高島部屋の「高」に由来し、吉葉山道場(後の宮城野部屋)の一番弟子で、廃業後に部屋のマネージャーを務めた橋本が名乗った。この橋本の姪(兄の娘)が、スピードスケート選手で参議院議員橋本聖子である。

参考文献[編集]

  • 佐竹義惇『戦後新入幕力士物語』、ベースボール・マガジン社