美濃太田運輸区

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美濃太田運輸区

座標: 北緯35度26分47.3秒 東経137度1分0.6秒 美濃太田運輸区(みのおおたうんゆく)は、岐阜県美濃加茂市にある東海旅客鉄道(JR東海)東海鉄道事業本部運転士車掌が所属する乗務員区所である。

歴史[編集]

  • 1932年(昭和7年)4月1日 - 美濃太田機関区が発足[1]
  • 19xx年 - 美濃太田車掌区が発足。
  • 1945年(昭和20年)8月14日 - 美濃太田機関区が米軍機の機銃掃射を受ける。
  • 1961年(昭和36年)1月13日 - 美濃太田機関区最後のC10形蒸気機関車廃車。
    • 2月28日 - 美濃太田機関区にキハ26形気動車配置。
  • 1964年(昭和39年)2月23日 - 美濃太田機関区にキハ58系気動車配置。
  • 1968年(昭和43年)9月24日 - 美濃太田気動車基地使用開始。
  • 1979年(昭和54年)12月24日 - 美濃太田機関区にキハ48形気動車配置。
  • 1980年(昭和55年)2月8日 - 美濃太田機関区にキハ40形気動車配置。
  • 1987年(昭和62年)
    • 3月1日 - 美濃太田機関区から美濃太田運転所に改称[2]
    • 4月1日 - 国鉄分割民営化により、東海旅客鉄道に継承。
  • 1989年(平成元年)2月8日 - 美濃太田運転所と美濃太田車掌区が統合し美濃太田運輸区が発足
  • 2001年(平成13年)4月1日 - 車両検修部門を美濃太田車両区に分離[3]

配置車両[編集]

美濃太田機関区時代[4][編集]

蒸気機関車

  • 1000形 -(在籍1933年-1941年、1947年-1949年)
  • 1070形 -(在籍1933年-1943年)
  • 6760形 -(在籍1933年-1935年)
  • 8620形 -(在籍1933年-1943年)
  • 9600形 -(在籍1935年-1937年、1959年)
  • C12形 -(在籍1935年-1941年)
  • 10形 -(在籍1937年-1941年)
  • 2120形 -(在籍1937年-1941年、1949年)
  • 2400形 -(在籍1937年-1949年)
  • C11形 -(在籍1937年-1965年)
  • 1150形 -(在籍1941年)
  • C10形 -(在籍1941年-1959年)
  • 1720形 -(在籍1943年-1947年)
  • C58形 -(在籍1943年-1965年)
  • B20形 -(在籍1949年)
  • C50形 -(在籍1951年-1965年)

美濃太田運転所[編集]

民営化時は以下の通り[2]

  • キハ58形 - 10両
  • キハ28形 - 5両
  • キハ40形 - 5両
  • キハ48形 - 40両

脚注[編集]

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  1. ^ 『鉄道省年報. 昭和7年度』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  2. ^ a b 鉄道ジャーナル』第21巻第12号、鉄道ジャーナル社、1987年10月、 60頁。
  3. ^ “駅管理体制見直し”. 交通新聞 (交通新聞社). (2001年4月1日) 
  4. ^ 「国鉄動力車配置表』1931年より1965年までの1945年を除く隔年分から『世界の鉄道』1967年、朝日新聞社