羅ケイ錫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
本来の表記は「羅蕙錫」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。
羅 蕙錫
나혜석-Na Hye-seok.jpg
各種表記
ハングル 나혜석
漢字 羅蕙錫
発音: ナ・ヘソク
日本語読み: ら・けいしゃく
ローマ字 Rha Hye-sog
English: Na Hye-sok
テンプレートを表示

羅 蕙錫(ら けいしゃく、ナ・ヘソク、朝鮮語나혜석1896年4月18日 - 1948年12月10日)は、日本統治時代の朝鮮および韓国の洋画家、独立運動家、作家、詩人、ジャーナリスト[1]本貫羅州羅氏女子美術大学の留学生。韓国最初の女性画家で女性解放論者であり、女性解放のための運動はもちろん、独立運動にも参加していた[2]。初名は児只、字は明順、号は晶月。

著書[編集]

  • 『羅蕙錫全集』
  • 『羅蕙錫作品集』
  • 『羅蕙錫遺稿集』
  • 『閨怨』
  • 『怨み』
  • 『母と娘』
  • 『瓊姫』
  • 『玄淑』
  • 『離婚告白状』
  • 『生き返った孫娘』

作品[編集]

  • 「自画像」
  • 「舞姫」
  • 「裸婦」
  • 「風景画」

脚注[編集]

  1. ^ 羅蕙錫
  2. ^ 都心の中の小さな憩い場 - 水原(スウォン)中国伝統庭園、孝園公園「粤華苑(ウォルファウォン)」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]