岡田三郎助

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岡田三郎助
(おかだ さぶろうすけ)
岡田三郎助(1906).jpg
明治39年
生誕 (1869-02-22) 1869年2月22日
死没1939年9月23日(1939-09-23)(70歳)
墓地青山霊園
国籍日本の旗 日本
著名な実績洋画
代表作「矢調べ」(1893)、「婦人像(某婦人の肖像)」(1907)、「支那絹の前」(1920)、「あやめの衣」(1927)、「裸婦」(1935年)
岡田三郎助

岡田 三郎助(おかだ さぶろうすけ、1869年2月22日明治2年1月12日) - 1939年昭和14年)9月23日[1])は、佐賀県に生まれ、明治~昭和にかけて活躍した洋画家版画家である。女性像を得意とし、日本的な感覚の洋画に秀作を残している。東京美術学校(現・東京藝術大学)教授。第1回文化勲章を受章。

妻・岡田八千代は小説家・劇作家で、小山内薫の妹である。

岡田三郎助と八千代夫人(パリ)

略歴[編集]

人物[編集]

  • 性格は外柔内剛、温厚篤実な紳士であり、頑固なところもあるが温和で友人や門弟から慕われた[4]
  • 美男であり、荒っぽい風体の洋画家が多かった当時において、袴と白足袋に和服を端麗に着こなし生徒を驚かせた[4]
  • 左耳は難聴だった[4]
  • 時代衣装など染色工芸品のコレクターであり、収集したきものをモデルに着せて筆をふるい「あやめの衣」をはじめ数々の名作を残した。1934年(昭和9年)に愛蔵の衣装など約900点を永久保存の約束で松坂屋に一括売却[5]

主な作品[編集]

『矢調べ』1893年
『あやめの衣』1927年(ポーラ美術館
『水辺の裸婦』1935年(ひろしま美術館
三越(当時は三越呉服店)のポスターにも使われた。三越重役・高橋義雄夫人をモデルにしたといわれている。
切手に使われている。以下に詳しい。
岡田三郎助「あやめの衣」 」『美と歴史』。
岡田三郎助-絵画作品と所蔵美術館」『FishEyeArt』。
1945年(昭和20年)以降行方が分からず幻の名画と呼ばれていた。

脚注[編集]

  1. ^ 「彙報 官庁事項 官吏薨去」『官報』第3820号、昭和14年9月27日、p.972
  2. ^ 『官報』第2378号、昭和9年12月4日。
  3. ^ 「あるアトリエの100年」公式サイト
  4. ^ a b c 支那絹の前にたつ岡田八千代 : 近代日本のある男性画家と女性小説家の夫婦別居をめぐって : 作品をとおして 大井健地、藝術研究号1号、広島芸術学研究会、1988-07-23
  5. ^ 松坂屋史料室企画展Vol.48#松坂屋ヒストリア小話ベストセレクション

外部リンク[編集]