砂川遺跡

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座標: 北緯35度47分30.5秒 東経139度24分42.1秒 / 北緯35.791806度 東経139.411694度 / 35.791806; 139.411694

砂川遺跡の位置(埼玉県内)
砂川遺跡
砂川遺跡
遺跡位置

砂川遺跡(すながわいせき)は、埼玉県所沢市三ヶ島三丁目1075番地ほかに所在する旧石器時代遺跡である。1969年(昭和44年)6月27日に所沢市の史跡に指定されている[1]。また出土遺物のうち、ナイフ形石器35点、彫器1点、石核2点、縦長剥片59点、接合資料40点は1993年(平成5年)1月20日に国の重要文化財に指定された[2]

概要[編集]

川越台地上に立地する。標高105メートル、遺跡の南側を流れる柳瀬川との比高差は20メートルを測り、遺物の散布状態から6地点の遺跡が確認されている[2]。そのうちの3地点に対して、1966年(昭和41年)に明治大学考古学研究室によって、1973年(昭和48年)に所沢市教育委員会によって発掘調査が行われ[1]、ナイフ形石器を主要利器とする時期の石器がまとまって出土した。本件は、ナイフ形石器35点、彫器1点、石核2点、縦長剥片59点、接合資料40点から構成され、これらは出土地点により2群に分けられる(第1群=1966年(昭和41年)調査、第2群=1973年(昭和48年)調査)。砂川遺跡の石器は、ナイフ形石器を主に、彫器、縦長剥片で構成され、石槍などを含まず全体的に器種が少ないことを特色とする[2]

ナイフ形石器は、北海道を除く本州・九州・四国地域で普遍的に使用された石器であり、その用途は刺突、切断などの万能利器といわれ、地域による形態差がある。砂川遺跡出土のナイフ形石器は、関東地方を代表する『茂呂型』に属し、石核から縦長の剥片を剥がし、それを斜めに断ち切るようにして刃潰し加工を行い、細身の柳葉形に仕上げている。また、石核や接合資料も、ナイフ形石器の製作技法を復元する上で欠くことができない遺物である[2]

砂川遺跡出土品は、石器の製作、使用、欠損、廃棄の流れ、および原材料である岩石の持ち込み、持ち出しの状況を明らかにする内容を持つ。これらは旧石器時代の人々の生活、居住の最小単位、および石核や石器をたずさえた人々の動きを研究する上で貴重な文化財であり、また関東地方を代表するナイフ形石器の時期の石器の組み合わせ、製作技法をよく示すものとして価値が高いとして、国の重要文化財に指定されている[2]。また、石器出土地点も所沢市指定史跡となり、「砂川遺跡都市緑地」として整備されている[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 砂川遺跡(所沢市)
  2. ^ a b c d e 埼玉県砂川遺跡出土品”. 文化庁. 2020年10月29日閲覧。