石井いさみ

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石井いさみ
本名 石井 勇巳
生誕 (1941-12-08) 1941年12月8日(78歳)
東京都大田区
国籍 日本の旗 日本
職業 漫画家
活動期間 1957年 -
ジャンル 少年漫画
代表作750ライダー
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石井 いさみ(いしい いさみ、本名、石井勇巳、1941年12月8日 - )は、日本の男性漫画家

経歴・人物[編集]

東京都大田区出身。東京都立蔵前工業高等学校卒業。

高校在学時の1957年、『たけうま兄弟』(講談社少年クラブ』)でデビュー。

代表作はサッカー漫画の『くたばれ!!涙くん』(小学館週刊少年サンデー1969年)と、ナナハンを中心とする各種バイク青春を題材にした『750ライダー』(秋田書店週刊少年チャンピオン1975年)。後者はヒット作となり、9年間連載され、単行本50巻まで発売された。

熱血や根性をテーマとする劇画系の作風だったが、1970年代後半からは『750ライダー』の作風の変化に見られるように、明朗な青春ドラマ系の作風へシフトし、絵柄も大幅に変化したため、困惑した愛読者も多かったようである。後年の『劇画 人間革命』では初期の絵柄に近くなっている。

兄が真樹日佐夫の同級生であったことから真樹の兄である梶原一騎とも交流が深く、『ケンカの聖書』でコンビを組んだこともある。また、『新巨人の星』の開始にあたって作画者として熱心に誘われたが、『750ライダー』の作風が変化しつつあったため、結局、引き受けず、作画者は前作と同じく川崎のぼるとなった。

1971年から2002年まで、聖教新聞社での仕事が長く続いたが、これは原作を担当していた渡あきらが聖教新聞の社会部記者だったためで、石井自身は創価学会員ではない。1970年入社の渡は2006年に退社しているが、キャリアの大半で石井とコンビを組んでいたことになる。

タッチ』などで知られる漫画家のあだち充は、デビュー当時、石井のアシスタントであった。そのため、『牙戦』などの初期作品で用いられた劇画系の絵柄は『週刊少年サンデー』時代の石井の影響を強く受けている。

主な作品リスト[編集]

  • たけうま兄弟 (1957年) 少年クラブ 講談社
  • 3ちゃん選手 (1960年~1962年) 日の丸 集英社
  • のら犬の丘 (1968年5月号~1970年12月号) 月刊まんが王 秋田書店
  • くたばれ!!涙くん (1969年7号~1970年45号)週刊少年サンデー 小学館
  • モーレツ!巨人 (1969年~1970年) 報知新聞 報知新聞社
  • ケンカの聖書 (1971年1号~53号) 原作:梶原一騎 週刊少年サンデー 小学館
  • みちょれ!太陽 (1971年)原作:渡あきら[1] 聖教新聞社
  • 青い鳥の伝説 (1972年6号~39号) 週刊少年サンデー 小学館
  • 竜が斬る! (1972年45号~1973年26号) 週刊少年サンデー 小学館
  • 番長エース (1972年49号~1973年25号) 週刊少年チャンピオン 秋田書店
  • 750ロック (1973年43号・1974年3号・18号) 週刊少年サンデー 小学館
  • 四角い青空 (1974年7号~1975年20号) 週刊少年キング 少年画報社
  • 高校悪名伝 (1974年から1976年) パワァコミック 双葉社
  • 750ライダー (1975年41号~1985年7号) 週刊少年チャンピオン 秋田書店 全50巻
  • 一本足のバラード (1976年4月号~1977年2月号) 月刊ジャイアンツ 報知新聞社
  • 風とオレたち (1977年8月号~1982年6月号) Mr.Bike モーターマガジン社
  • ざくろの花 (1975年~1979年)原作:渡あきら 聖教新聞社
  • 明日に向かって投げろ! (1980年~1986年)原作:渡あきら 小学生文化新聞 聖教新聞社
  • 走れ!!美穂 (1984年)原作:渡あきら 聖教新聞 聖教新聞社
  • チック・タク (1985年36号~1986年23号) 週刊少年チャンピオン 秋田書店
  • あいつにストライク (1987年4月~1988年2月) 毎日中学生新聞 毎日新聞社
  • 劇画 人間革命 (1988年~2002年)原作:池田大作 脚色:渡あきら 聖教新聞 聖教新聞社 全56巻
  • NHK総合あの歌がきこえる』第1回(2006年4月5日放送)、最終回(2007年3月14日放送)

アシスタント[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 元・聖教新聞社社会部記者、渡辺紀大のペンネーム。