サンデーコミックス

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サンデーコミックス (Sunday Comics) とは、秋田書店で刊行されている漫画の単行本新書)。

概要[編集]

1966年7月から刊行が開始された[1]。日本でのB6判あるいはB6変形判寸法による新書単行本レーベルの先駆的存在である。レーベル名は秋田書店が出していた新書「サンデー新書」を継いだもの[2]。小学館の少年サンデーコミックスとの区別のため「秋田サンデーコミックス」という通称が使用される場合がある(外部リンクを参照)。

同年にはコダマプレスのダイヤモンドコミックスと小学館からゴールデンコミックスの新書判漫画単行本が既に出ていて失敗していたが、秋田書店のサンデーコミックスが初の成功例となって、新書判の漫画単行本の時代を切り開いた。秋田書店社長の秋田貞夫は先行した他社の失敗を理由に反対したが、創刊を企画した社員の秋田君夫がコダマと小学館の作品はインパクトがなかったからと、石ノ森章太郎の『サイボーグ009』を出したいとして説得した。装丁を行ったのもプロの装丁家ではなく君夫だった[2]

創刊当時は新書判漫画単行本の市場が確立しておらず、小学館や講談社などの大手出版社が本格的に参入する前ということもあり、『冒険王』や『週刊少年チャンピオン』、『プレイコミック』などといった秋田書店の雑誌のみならず、講談社『週刊少年マガジン』や小学館『週刊少年サンデー』に連載された人気作品を収録[3][4]。出版社の枠を越えて過去の名作や傑作、人気作品を集まったことで子供たちの一番人気だった[5][6]。 サンデーコミックスはブランドとなり、秋田書店も莫大な利益を得た[2]。この利益が1968年創刊の『プレイコミック』、1969年創刊の『週刊少年チャンピオン』の原資となったとも言われる[7][8]

この他、連載時の掲載誌は『少年キング』『ぼくら』『少年』『少年ブック』『まんが王』『少女フレンド』『高一コース』等、多彩だった。

しかしその後、各出版社が自社でコミックスのレーベルを創設し(漫画レーベル一覧を参照の事)、また秋田書店自体も『少年チャンピオン・コミックス』や『プレイコミック・シリーズ』を新たに創設したためにそれらの出版を行わなくなり、その後は上記に含まれない自社雑誌の『冒険王』を主な版元としていたが、同誌の『TVアニメマガジン』への誌名・形態変更を経ての休刊もあり、結果として出版数は減少。1991年に刊行された小山田いく著『ろこモーション』第3巻(版元は家の光協会こどもの光』)を最後に新刊作品の刊行は停止した。なお、2007年手塚治虫の『どろろ』が実写映画化された際に再版する等、旧作の復刻は行われる場合がある。

初版から装丁等を変えずに非常に長い間再刷が行われることでも知られる。その代表的な例として、1966年7月に刊行第一弾として出版された『サイボーグ009』第一巻(ISBN 978-4253060011)は今でも現役商品である。

脚注[編集]

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  1. ^ 会社概要」『秋田書店
  2. ^ a b c 本橋信宏「ぼくらのベストセラー 第1回 『冒険王』と『少年チャンピオン』」『新潮45』2013年1月号、pp.199-201
  3. ^ 中野晴行『マンガ進化論』ブルース・インターアクションズ、2009年、p.44
  4. ^ 江下雅之『マンガ古雑誌マニア』長崎出版、2006年、p.53
  5. ^ 二階堂黎人『僕らが愛した手塚治虫』小学館、2006年、p.264
  6. ^ 二階堂黎人『僕らが愛した手塚治虫 激動編』腹書房、2012年、p.237
  7. ^ 竹熊健太郎『マンガ原稿料はなぜ安いのか?』イーストプレス、2004年、p.49
  8. ^ 滝田誠一郎『ビッグコミック創刊物語 ナマズの意地』プレジデント社、2008年、p.200

外部リンク[編集]