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矢野猪之八

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
矢野猪之八
やの いのはち
生年月日 (1865-12-26) 1865年12月26日
出生地 徳島県徳島市
没年月日 (1928-03-31) 1928年3月31日(62歳没)
出身校 東京帝国大学別科法学部
前職 徳島市長
称号 正五位
勲五等瑞宝章

第11代 徳島市長
当選回数 1回
在任期間 1926年6月9日 - 1927年5月5日
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矢野 猪之八(やの いのはち、慶応元年11月9日1865年12月26日) - 昭和3年(1928年3月31日[1])は、日本政治家。元徳島市長弁護士

経歴

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阿波国名東郡富田浦町(現在の徳島県徳島市)出身[2]1887年明治20年)、東京帝国大学別科法学部を卒業[2]1895年(明治28年)、検事となり、大垣区裁判所検事、岐阜地方裁判所検事、台湾総督府法院判官、台湾覆審法院判官、台南地方法院判官、台湾覆審法院部長を歴任した[2]1910年(明治43年)に退職した後は、台北市で弁護士を開業した[2]

1915年大正4年)の第12回衆議院議員総選挙に出馬するが落選。

1926年(大正15年)に武市彰一に代わって徳島市長に就任、翌1927年昭和2年)まで市長を務めた。

栄典

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脚注

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  1. ^ 『昭和物故人名録』
  2. ^ a b c d 『自治五十年小史』pp.545-546
  3. ^ 『官報』第7159号・付録、「叙任及辞令」1907年05月14日。
  4. ^ 『官報』第7830号、「叙任及辞令」1909年07月31日。

文献

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  • 『自治五十年小史』徳島市、1938年。 
  • 『昭和物故人名録』日外アソシエーツ、1983年。 
公職
先代
武市彰一
徳島市長
第11代:1926 - 1927
次代
橋本菊太郎